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和歴(西暦)

一 般 的 事 項

下国安東政季、桧山に入る

鹿 角 関

係 事

項

出 典

長禄四

(一四六〇)

小豆沢大日堂に安東師季 (政季) が若狭国遠敷郡金屋で鋳

造の堂鐘を寄進した。

大日堂由来記

応仁二

(一四六八)

安東師季、紀伊国熊野那智山

に津軽旧領回復を祈願す

文明一八

(一四八六)

南部政盛、鹿角大日堂を修復すと伝える。一書に、政盛に

あらず南部信時の時としている。

内史略

南部家系譜 ·

大永四

(一五二四)

南部安信、四弟をして四隣を

固めしむという

安信、五弟秀範(信次·毛馬内氏祖) を毛馬内城に入れて

安東氏に備える。然るのち次弟高信に兵を授け津軽を討た

せたと伝える。

南部史要

天文五

(一五三六)

大円寺縁起に、秀範「天文五年二毛馬内二移ル」と記され

ている。大円寺は毛馬内氏菩提寺。

鹿角志

天文八

(一五三九)

南部晴政、将軍義晴の偏諱を

拝領、四隣に威を振う

この前後谷内館、長牛館、石鳥谷館など一戸南部氏に攻略

され、成田氏·秋元氏郡外に退去したとみられる。

鹿角由来集

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