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和歴(西暦)

一 般 的 事 項

る

同 楢山七左衛門家老とな

閏

六 ·

一一·

鹿

鹿

角

角

関

係

事

項

こおり

かわさげ

山を稼行三二二 箇を盛岡より川下し他領へ出す

白根ノ久左衛門、白根銅山の稼行を許された。

七浜田谷地·猿ヶ野·上野平を御新田所とし、入

植農民への条件を示す高札が立てられる。

一二·一七白根ノ久左衛門が借用した米一〇〇駄の代金を

同

出典

雑書

同

掘出し銅で返済することを許された。

この頃

寛文年中柴平村千手観音堂建立された。

同

延宝元

(一六七三)

五月 京都大火、禁裏及び仙

洞御所羅災す

六月

盛岡城下上田堤破れ溺

死潰家出る

七月

藩、六駄を二人扶持と

定める

九月 二一日改元延宝となる

この年藩、左官細工定目出す

同 藩、北郡田名部を検地

一 ·

三 ·

六大日別当、牛王·巻数·御餅をたてまつる。

石野村伊勢宮、金掘八兵衛建立す。

五· 九松山村夜中に火事、家数一八軒焼失す。

五·一九熊沢更の湯硫黄山、福島ノ久右衛門稼行の処運

上金せり増にて田名部佐井ノ清兵衛が請ける。

六· 五福島ノ久右衛門の請けし硫黄一八九駄但し一駄

こおり

は四 箇 四〇貫、仙台領まで川下げとなる。

六·一九白根金山を広島吉兵衛普請するも金躰見えず銅

筋ばかりなので、銅吹立て借用金の返済許さる。

七·二二毛馬内九左衛門長次、花輪城にて没す。

毛馬内家系図

同

同

同

同

同 同 雑

雑書

延宝二

二月 幕府新銭四貫文を金一

一· 七大日別当、例年の如く御餅をたてまつる。

雑書

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