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同
同同同
余人盛岡まで強訴す
藩領内産物を書上げる
藩、他領奉公稼を禁止
藩、諸代官へ倹約の旨
申し付ける
藩、各代官、御蔵奉行、
御山奉行へ身持宜しく
善行の者を届けるよう
命じる
三 ·
花輪通植山鉛山、田郡文五郎が願出稼行す。
六·
九三ツ矢沢の者御境立菱山にて杉一五〇本程盗伐
の由訴人があり、直ちに御徒目付派遣取調べる。
六·一〇米穀至って高値につき他領出穀留となった。
九·
尾去沢長崎廻銅を三五万斤で打切る旨、突然幕
ろうぱい
府より藩に通告あり藩の狼狽をまねく。
この年
真金銅山、山師田郡の又五郎銅鉛鉑発見稼行す。
同
同
毛馬内仁叟寺に桜庭安房三石加増寺領計十三石
谷内村山神宮、熊沢村不動堂再建される。
同
同
雑書
諸山開立年限附
同
延享二
(一七四五)
九月 将軍吉宗辞職す
一一月徳川家重、将軍就任
この年盛岡藩江戸下屋敷が類
焼した
三 ·
六銅山師福嶋源兵衛の末期願によりその跡山を大
坂今橋嶋屋市郎兵衛が引請けることになった。
四 ·
一中野筑後預り花輪御同心組丁三〇軒の内九軒が
傾き倒れ、住いなり兼ね建替を願い出る。
五 ·
六花輪横丁町裏中小路より出火、焼失六七軒潰家
同
雑書
二軒。長福寺·専正寺·円徳寺類焼す。
六·一九柴内萬松寺、安俵村凌雲寺大應長老後住となる。
八·
湯瀬村居熊井鉛山、尾去沢金工平太郎が請く。
九·二八長牛村·三ヶ田村草刈場出入の場所解決のため
藩の御目付、御勘定頭が花輪へ下る。
花輪町史
雑書
諸山開立年限附
雑書
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