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同

屋五四一軒、土蔵一三

棟、 鐘楼一焼失す

領内北郡にて新船二艘

を造る

この頃南部領内の稼人、久慈

八戸五三戸の者五〇〇

人位箱館へ渡る

九·一八花輪町藤兵衛不如意に付去年より休籌の処、当

暮より造酒を申出て許された。

九·二五田山往来湯瀬村の内名月上橋当七月洪水にて流

落、新規懸替下さる様惣百姓申出る。

一一·一五柴内村田地用水堤四カ所大破に付来春仕付前に

土手繕普請致し度く出人足二、二八三人の惣高

懸りを水掛り百姓共願出て許された。

一二·一八花輪町の質屋業出願の同町八兵衛が不繰合とな

り同町半助への証文書替を双方より申出る。

同

同

同同

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二·二一花輪代官の申出により諸帳面御境御用物等を入

置く文庫蔵二間に三間を御役屋の並びに建てる

ため、出人足二一六人は村々割付入方銭一七貫

六八二文は花輪町物屋共より差出す事となる。

同

文化四

二月 幕府西蝦夷地を収公す

(一八〇七)

四月 箱館奉行、樺太の変報

に接し弘前藩兵に宗谷

同

を守らせさらに盛岡藩

兵を徴集する

ロシア船択捉島を侵す

二·

一花輪組丁同心家三〇軒の内三軒新規建替、二七

軒は曲り直し屋根并壁戸繕い普請となる。

こうじむろ

二·一一花輪町斉八·喜八·兵吾三人が糀 室三カ所寛政

一二年より商売の処更に七カ年の継続を許さる

同

雑書

三·二六銅山田郡の勝治、棋山金銅山古敷を取明け五カ

年中普請山に願出、併せてその普請入料の為大

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