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慶応戊辰秋田役
小田島太郎手控
解題(栗山文一郎
花輪隊二番手に属して別所口へ従軍した御給人小田島太郎の手記
である。いまで言うメモに過ぎないが
前掲、小田島徳弥の遺烈余芳や花輪南部中野隊使武者三人連署の軍中
御用留帳はじめ他部隊の日誌などと対比せば、相互にその裏付けとも
なり得よう。
七月十五日より御城下勢(盛岡より来り花輪に)到差
八月八日夜九ツ時爰元(ここもと)楢山佐渡殿陣押
九日未明土深井より発向九ツ時十二所抜き同処残らず焼く
十日九ツ時南部吉兵衛殿爰元出陣
十一日佐渡殿扇田押
十二日暁八ツ時頃より先勢炮発此方にて対発朝六ツ半頃手
詰合戦五ツ時迄此節手負死人共当方にて十六人内戦死
二人深手負三人と聞く
十三日吉兵衛殿夜九ツ時帰館昨日桜庭祐橘殿毛馬内帰館佐
渡殿十二所引取沢尻村の先ならびに沢尻村手前の野、土
深井の三ケ処陣取
沢尻の先は大平山と申す石これ有る野なり
十四日
十五日
十六日御城下より百人余着
十七日