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あとがき

今回の元治二年分で、大湯南部(北)家御次留帳の紹介も六冊目となりました。最後の慶応二年分は、この次

の第二十二集に収録する予定です。

元治二年は五月に慶応と改元され、いよいよ幕末の色あいを濃くしてきます。一月には大湯同心十五人から。

稽古のため鉄炮の借用願が出ており、また六月には後の毛馬内鍛冶につらなるとされる、浜田村(当時、大湯支

配)の刀鍛冶のことが出てきます。一方、農業に関して興味深いのは申ケ野等への引水に関する願書で、この地

区での開墾計画の状況がよくわかります。このほか、材木の切出しや炭焼きなど林業関係、貨幣の交換比率など

経済関係の記述も少なくありません。また窮乏状態の百姓共に木切出しを許可するとか、大湯諸士の中にも困窮

の者がおり、それに対し御救米を下附するといった記述も見られます

九三五ページにわたる原本の解読は佐藤政治氏が行ない、協力員の渡部幸三郎氏が点検、最後に嘱託の安村一

郎氏が全体を校閲しました。この大変な作業にあたられた各位及び原本所蔵者の諏訪氏に対し厚く御礼申し

上げます。

(市史編さん室主任阿部正記)