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のいしの辺江落ルと相見候也、西道より川上ハ大遠切也、但と

うふや大切より入兼帯より西道貫合迄之間冠返シニて熟と心を

附ケ不申候得は上番下番不相分巾

一、勢沢大剪鋪釜口卯辰向キ是は安永三午之四月朔日より御普請御

取付也、本積間数四百八拾間之内去丑年迄都合廿ケ年此延三百

五拾三間弐尺八寸壱分、右之内午ノ四月御取付之節鋪口蹈出し

御普請十間壱尺弐寸有此所泉屋大剪鋪之内大樋道より川上根合

六本樋通り先年大水ニて堀兼候根合江入ル相見込也

一、鶯添煙鋪釜口子丑向当時卯辰向也

一、とうふ屋大切鋪釜口戌向也

一、庭鳥長根鋪釜口巳向也、是は田郡奥銚江之引立岡山ニては鶏沢

之前平之内江当時相當り奥銚二入候得は大盛山之手前沢目より

向山厚身ニ入ルば所也、但寛政二酉年御見分使御沙汰上四角獄

働方相止右普請人数を以此所切継と六本樋根合川上并に遠丁前

〓石三ケ所江相懸ケ候段御見分使御方江も申上置之

一、蛇腹鋪釜之口卯向一、本鋪釜口子向也

一、泉屋大切鋪丑向一、西道鋪申向也

右之外ニも釜之口所々ニ在之候得とも大略記ス

川上未申辰巳上番

赤沢

是を山川上といふ也

是を山川上といふ也

一、本銚は大剪前〓人組稲荷銚哀丁奥銚と此四枚也、其餘は大概

割銚也、其数左之通り

稲荷鈍大切銚の間

二十五間程但し川

下モ根合江近し

川上ニては三人組といふ

四人組銚

川上ニてハ九人組といふ川下ニてハ五人組と云

大剪〓

道風羅銚

稲荷〓

遠丁銚いなり鈍の間冠八

十間程根合二てハ六十間

八人組はいなり饉

稲荷上番中〓

-いなり上番銚

-遠丁前銚

遠丁中銚

川下ニて細越鈍といふ

程在之

遠丁奥銚

右之通御座候内銚と蝕之間或は川上川下も等二て遠近も在之

候得共大略如斯

、四人組銚或は二番〓鋪口より長坂江之越口丑道之下平之方江通

り申候、釦は山之休二斗宜キ直り在之様相見得候、尤当時新〓

直りハ大剪鋪より少々川下向キ川上根合二相見得候、三人組直

りハ山影丑道之下二相見得候、山色はのりめ喰之白キ石きゝめ

に相成候得は紳宜相直り候也

、大剪前銑の通り金工頭相務候理丘衛といふもの、家の前より四

人組銚の通りとならび也、尤上ばん江弐拾間位もはたかり在之