テキストを表示

に斗直り候也、重に堀候御場所は理兵衛家の前通り本番之後口休

ミの図と相見得申候、山色はのりめ石斗直り在之、乍然場所ニ

寄組硯石ニも宜鋪直りも在之候と見得候得共格別之直りと申事

も無之候

一、稲荷鈔之通神明社より川下向孫右エ門家之後口江通川上向長坂

之方丑道之下夕谷地之方江通申候、是も休ミに斗直りほり候也、

尤神明社より上平前通り格別よろしき直り申候、夫より川下二

は舘れ不申様相見得候、尤川下大突切なり

、遠丁蝕之通細越金場之上通長坂江越口丑道之曲りめ中山之方汀

落し申候、直りハ細越岩の根合より川上丑道之方迄始終釦堀候

様相見得候、山色銀喰のりめ付ニて宜一躰赤沢におゐてハ休ミ

休み〳〵にて宜鋪直り在之

一、新口大切鋪釜之口未向也、此處本積間数三百間明和六年丑ノ二

月四日より御ふしん御通被成候、弐百六拾四間四尺三寸五分切

延下廊下前針川下江貫ケ合煙り御手合ニ相成、此處三ツ合階子

より九十九鴈木江上り〓也、但爰二ていなり蝕之中江是よりか

せ詰メ、右間数之内弐百三拾三間程鈔添水たまり之所より弐拾

九間餘は立入向キに相成候所、はりを振り不申候得は自然とふ

れ候故頓而元の方之様ニ斗相見ゆる、夫より十四間餘ニて道風

羅の〓二當ル、夫より四間めニてとりき銚ニ当是より追日下はん

立入切延

、大切鋪釜之口未申向一、二番口鋪釜之口申向也

一、稲荷鋪釜之口未申向一、細越鋪釜之口巳向也

一、細越煙り鋪釜口未向

一、二番〓鋪釜之口申向也

右ノ外ニも所々釜之口在之候得とも大略を記ス

尾去沢山色之小名

、のしめ釦一、黒のしめ釦一、ちやはぐ

〓しみた釦一、糀釦一、鉄鉛紫針

一、ひかり釦一、とちから釦一、ろくセう釦

、のりめ釦一、目なし釦一、からす釦

一、とかけ釦

右は尾去沢山色也、何方之銅山ニも様々釦之小名在之もの也

釦に紛鋪もの附付之善悪

、田郡にきぼと言ふハ銀毒之事也、昔金工買釦とも下夕釦交わ

さしかけ候いたつらもの也、閑鉢ニて聢と分兼候故秋田銅山ニ

ては閑板ニて仕分候也、山色江入込候而は舘の境相見得不申

釜燃込方ニてハ落込はやく焼合あしく醒合金成候もの也、吹方

は別而障無之きんニも色数様々在之

、元山當時ハ無之候得共已前は在之候まめの粉やにと申候ハ銅〓

第一之きらひもの也、舘拵方ニてハ笊鉢板にても相分り不申燃

込ニ而は焼不申吹方江相出候而ハ殊之外重ク床之内江いかり付

からミねはり流不申床屋吹方手取もの也、皮尻銅わかれとも至

而不宜床之内煙白く立是も昔金工買釦とも下ケ釦江わさしかけ候

由、専ら釦に紛敷もの也

、赤沢ニあわと言ふはきんすかりの事、是もむかし金工とも下ケ

釦江わさしかけ候よしよく糀釦に紛敷もの也、山下ケ釦色に多

し相下ケ候而は釣とあわとわ相分り不申候、燃込焼合あしく床

屋吹方からミねばり床之内ともに兎角床之内滞在之候而は出ー

先江皮銅気のもの相捨り候もの也、釦拵方は気を付床や白吹真