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御家中
上関村右工門
内藤徳蔵
立山定見
天保八年酉正月季候雪消遅く四月初方迄至て寒く、春風多く西厘四
月十一日より十七日迄上々の天気、六月土用中ことく梅の花春土用
より甘五日隔漸二開く此年田打桜花大ニ咲
○三月寒毎日風吹
四月十一日風吹雨降り十二日より世二三日迄天気暖也、夏太根花
能咲色赤キ方五月十日頃二至両度雷雨暖成ル事土用中同様ニ御坐
候、雷雨過五月十六七日誠二寒く東山通江雪降ル町通雨降ル也珍
事二御坐候
五月穀物相場米ハ
古米百文二付四合
新米百文二付五合壱弐勺
白米百文弐百五六十文
白粟百文二付四合
上稗百文二付壱升五合
中同百文ニ付壱升七八合
天保八年丁酉六月八日、上々稗百文ニ付壱升、中稗百文二付壱升弐
合下々袋稗上稗五斗入壱俵江袋弐斗五升位入交、百文二付壱升五六
合二売買二相成申候、左候間此已後子孫之者若亦稗行届貯置候ハ、
百文ニ付弐升より下直二候ハゝ決て相拂申間敷候、此凶作五七年以
前より恒並はつれ去々辰ノ年稗百文二付七升巳ノ年凶作百文ニ付壱
升七八合午ノ年同断未ノ年五升位申ノ年弐升五六合此年大凶作、翌
酉ノ年前書之相場ニ御坐候間能々考五七升之節決て相拂申間敷、稗
相場五七升ニ相成候近年之内ニ壱升代ニ相成候時節出来候もの二候
之間此書面急度相守心懸可申者也
天保八年酉六月改
時疫流行候節此薬を用ひて其煩を遁るへし
時疫には大粒成黒大豆をよく煎て壱合甘草壱匁水二てせんし出し
時々飲てよし右医渥に出る
時疫には茗荷の根と葉を搗碎汁を取多く飲てよし右時俊備急方二出
る
一、時疫には午房を搗き碎汁をしほり茶椀にて半分ツゝ二度飲て〓
上桑の葉を壱握程火にて能あふり黄色ニ成りたる時茶椀に水四盃
人弐盃にせんして壱度飲て汗をかきてよし若桑の葉なく青枝にて
もよし右孫真人食己に出る
一、時疫にてねつ殊の外つよくきつかいの如くさわきて苦しむには
芭蕉の根を搗て碎き汁をしほり飲てよし、右時疫備急方ニ出る
但し一切の食物毒二当り亦ハ色々の草木きのこ魚鳥獣の喰煩に
用て其死を遁るべし
〓一切食物の毒二あたりくるしむ二は煎たる塩をなめ又はぬるき
湯にかきたて飲てよし
但草木の葉を喰て毒にあたりたるにはいよ/よし
右農政全書二出る