[道産子の保存会の頃]

96 ~ 101 / 204ページ
 
 野幌に開拓の村ってのがあってよ、そこの仕事を道産子の保存会で請け負ってるわけよ。そこで、観光客を相手にした馬車追いも一八年した。
 一八年もやれば、いろんなことがあった。
 
 母親と中学生の子が、二人で訪ねてきたことがあってさ。母親の方が、忘れられないことがあるって言うんだよ。
 昔、馬に乗りたくて子どもを抱いて並んでいたら、「もういっぱいだから乗れないよ、この次に乗んなさい」って女の子に断られたことがあるって。男の子ひとりぐらいなら、どっかつかまれって乗せてやるんだけども、女の人で子どもも抱いているもの、簡単に断ったんだろうな。それを俺が聞きつけて、「そったらものな、今これに乗りたくて来ているもの一人二人乗せれ」って、無理やり乗せたわけさ。
 
 馬車追いの一番最初の年だったな。
 
 「あの時乗せてもらった子が、今こんなに大きくなった」って。それが連れてきた中学生の子。だから俺、「今度は一人で乗れ」ったんだ。「母さん、そこらで見てみろ、おまえ一人で乗って歩け」って、また乗してやった。
 
 一銭ももらわなくたって、別に苦しくないんだ。ただ馬に乗せて楽しんでいるだけでいいんだ。「なんでもいいから乗れ」とかよ、よくやったな。
 
 障害を持った子も、どんどん乗せた。
 盲学校で先生が一人に二人ぐらいついて一〇人か一五人ぐらいで来たって、「券切らんでもいいから、そんなものどうでもいいや、乗せてやるわ。俺もおまえも銭こなくたっていいんだ。そったらもの」って。先生の金も貰らわんでもいいって、乗せてやったり。なんも道がやってることだからね。俺はそっから金もらわんくたって別に苦しくないんだ。 
 入館料だって学生は無料。高校まで全部無料だもの。
 六五歳以上も無料だし、障害者は無料だし、各自衛隊、警察、消防、そういうのは、いい若いもんでも全部団体(料金)だ。だから三〇〇人入ったからって、五〇〇人入ったからって、金にしたらなんもたいしたことないんだ。
 開拓の村に行く前には、北海道神宮の神輿を引っ張るのを二〇何年やってた。
 
 三年前に、火事で気に入っていた馬を焼いてしまったんだ。三歳の道産子。それで俺この仕事、歳も歳だから辞めるって言ったんだよ。そしたら仲間に、「いやいやお前、今辞めたってどうもなんないんだから、俺の馬をやるから、その代わり馴らしてないから馴らして使えよ」って言われて、それで俺、その馴れてない馬(2)に手かけたんだよ。
 二月の一〇日に殺して二月の二〇日頃になって、馬やるからってことになって。
 種馬で、きかなくて有名な馬だった。一メートル近くの穴から飛び出て走って歩く馬なんだ。
 
 仲間が、「とにかく仕事せんきゃ駄目だぞ」って言うしよ。「これが間に合わんかったら、全道どこでも歩いてるからお前の好きな馬買ってくるから、仕事やる気になれ」とまで言ってくれてよ。
 
 俺も気持ちが滅入ってたから、そしたら雪のある内に馴らしてみようかなという気になって、とうとう仕込んだ。三年使ったんだよ。
 だけど、今年の正月に、その馬の移動の時に怪我してね。小さいトラックの中で馬を回してる時に馬とトラックの間に挟まって、背骨にひびが入った。
 
 前の殺した馬だったらそんなことなかったの。俺が降りてから、ついて降りるもんだけどね。立ってるところに、馬がくるっと向いて出てっちゃった。まだ若いと思って油断したんだ。馬道具かかってれば引っ張れるんだけど、かかってなかったから。最初は、なんも痛くなかったけど、だんだんだんだん晩になったら痛くなってきて、病院行ったら背骨にひび入ってるって言うし。歳いってるから骨が弱いんだ。
 
 全然仕事が出来ないし、医者は「下手なことやったら車椅子も乗れんくなるぞ」って言うし、「今こうやって歩けるうちに、仕事辞めた方がいいわ。」って言うから辞めた。
 
 その時に馴らした馬は返したんだ。
「違う人間に扱わせ、これ絶対使えるから」って言って。
 
 馴らしてる最中に、馬と一緒にドラマなんかの撮影もやったんだ。俺も度胸いいさ、やったことないことでもなんでもやった。
 
 テレビでやってた「すずらん」っていう番組とか、三浦綾子の原作の「銃口」っていう映画にも馬と一緒に出てる。
 
 写真(3)もある。見てみ、「すずらん」の総監督と主演の女の子と俺と馬だ。
 
 開拓の村でね、主人公が施設から逃げ出すシーンに、俺と馬が出てるんだ。俺が連れて逃げるんだ。そういうシーンあっただろう?出演料?あんなもの出演料たって大したことないけどね。遊んでんのが一番いいんだもの。
 
 撮影するのに何日もかかった。ちょっとのとこでも監督が見てて、馬はちゃんとやったけど誰かがよくなかったりしたら、やり直しだもの。だからね、あんまり余計なものは置いてない。そばにもいないんだよ、雑音が入ったら困るからね。
 
 俺は撮影の裏側を見てるからね、とにかく面白いわ。画面ならね、ただ手を振って逃げただけだけども、その前にどんなことしてたか知ってるからね。
 
 逃げるシーンの撮影が終わった時、この写真を撮ってくれたんだ。いい記念だ。
 
 馬で飯食わなきゃなんない人間が、こうやって、仕事しなくても馬を持ってて楽しんだんだから。なんかかんかにつけて楽しんだ。
 
 仕事は第二なんだから。昔っからそうなんだ。
 
 

 
(2)前掲写真参照。エゾアラシ号のこと。
 
(3)前掲写真参照。