東京へ

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 それで、そうこうしてるうちに、四年間の年季は明けたし、親戚のとこにいたって、側から見ても、甘く見られるだろうし駄目だと。「他人様のところへひとつ行って勉強しよう。それにはどうせ行くんであれば、遠くの方へ行ってしまえ」と、こういうことで目を付けたのが東京さ。私の親方があの震災当時に、関東大震災か。あの当時に行って、世話になった家があったの。それが私の頭に残っていたの。芝という地名ね、芝、桜田備前町ということだけは、もう、書くよりも頭に入ってるから。他の職人と一緒に話してるので頭に入ってるから、そこを目当てに行ったわけさ。ところが、行くだけの持ち合わせがないのさ。
 東京に行く為のお金を作るために札幌の有名なたたみやに行って、そこの親方にお願いしたのさ。夜、行ってはそこで働いて。「まぁ、なかなか仕事やるな」って言ってね、そして当たり前の工賃貰って。そして一〇円、一五円か。一五円貰った。一週間だな。一週間働いたんだね。まぁ、一〇日ぐらい働けば何とかなるだろうと、若い元気の良い時なんだから。東京に行こうってことで、空でも飛ぶような胸中なんだから。そして一週間働いた後、二、三日はまだ黙って真面目な顔して義理の兄貴の家にいたけどね。
 それでも、どうも私は思い出したらやってしまわなきゃ気の済まない方なもんだから。夜に道具を担いでさ。道具ったってちっちゃいしょ。台なんかは、あんな物いらないんだから。針だとか、包丁だとか、そういう物だけ。それを昔だからね、一反風呂敷。布団を包む風呂敷を貰ってあったからそれに包んで、そして夜出れということでもって夜出てさ。して八時、札幌駅が八時何ぼのあれだったな。八時何分ったかな、晩の。鈍行で行けば、三日目の朝でなきゃ東京へ着かなかったね。汽車賃がね、何ぼだったろう。一〇円…一〇円八五銭ったかな。東京まで。今の札幌行くより安いの。それでもって上野駅に降りちゃったの。
 
 それから今度は、さて、たたみやったって、どこにあるかわかんないんだ。札幌より他に出たことないから。そこで円タクにね、乗ってみたところが一回目誤魔化されちゃってさ。もう金は払わん。ゴロついて払わんかった。しかし、私も図々しい人間になったなと思ったね。
 で、また車乗りかえたんだけど、はっきり家がわからんので、途中でゴタゴタあったけどね。とりあえず芝へ行くつもりでいたの。目的は芝さ。私も、もう、そうやって逃げて来てるんだから下手にあんた、ノメノメ家帰って行かれないもんね。男の意地だし。
 そんなことで、なんとか目指す家に行ったら、ご飯食べてたわ。ちょうど朝着いたんだからね。そこの家で「誰が来たかな?」と思ったんだろうさね。そして事情を話したらね、「ああ、そうか。入れ」って。その親方が「入れ」って言うからさ。