和尚さんとクマ

1

 いま大曲には、たくさんの家が立ちならび、たくさんの人が住んでいますが、昔は どこをみても山と大きな木と 畑ばかりでした。

 そして、これは みなさんのおじいちゃんのお父さんが、まだ子どもだった頃のお話です。

 
 
2

 大曲に「来広寺」というお寺があり、このお寺の一番最初の和尚さんは右足が悪くて いつも松葉杖をついて歩いていました。
 お寺の裏には 大きな栗の木があり、子どもたちがいつも栗の木の下に集まって、楽しく遊んでいました。

 
 
3

お寺の前には大きな道があり、たくさんの馬車が通っていました。
 大曲の奥の、上仁井別にすんでいる炭焼きの人たちも、毎朝札幌まで炭を売るために この道を通っていました。
 その頃は、どこの家でも炭を焚いていたのです。
 和尚さんの一日は、この馬車の後ろ姿に手を合わせ、無事を祈ることから始まります。

 
 
4

西の空が夕焼けで赤く そまる頃、カラカラと軽い音をたてて、炭運びの馬車が、札幌から帰ってきました。
その音を聞いて、和尚さんは『今日も無事に帰ってきたな。』と笑顔で 出迎えました。

佐々木「ドォ ドォ ドォ」

 と、炭焼きの佐々木さんが馬車を止めました。

 
 
5

佐々木 「和尚さんよー。おらの畑のスイカが やっと赤くなって、食べごろだと楽しみにしていたらよー 今朝方、クマに全部食われてしまって、何もなくなってしまっただ」
和尚 「ひどい事をするクマだ。クマはスイカを うまいうまいと言って食べたんだろうな。」
佐々木 「そればっかりじゃねぇ、とうきびもだ。一本一本皮をむいて、実の入ったのを全部食ってしまって、おらの食うものは何もなくなってしまっただ。」
和尚 「そろそろ このあたりにもクマが出るころだな。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。」
佐々木 「和尚さんも気をつけてや。」

 そう言うと、佐々木さんのおじさんは パシッと馬にムチをあてて、 仁別の奥へ帰っていきました。

 
 
6

 秋です。こくわや山ぶどうが 甘くなった頃、佐々木さんの家で 法事があり、和尚さんが呼ばれました。
 石ころの多い山奥を、和尚さんは一人で、松葉杖をついて歩いていきました。
 突然、「ガサッ、ガサッ」と 笹のゆれる音がしたかと思ったとたん和尚さんの目の前に

 
 
7

大きなクマが 両手を上げて、立ちあがっていました。

和尚さんはビックリして、ついていた松葉杖も、ガタガタと 音をたてて ふるえていました。
 真っ黒いクマと まっ白い着物の和尚さんとの 息づまる にらみあいです。
 和尚さんは、クマの目をじっとみながら、くまに話しかけました。

「クマさんよ、私はこれから法事のお経をあげに行くところでな、佐々木さんの家に みんなが集まって、私を待っているのじゃ。どうか今日だけは 私を食べないでくだされ。」

 すると、今にも和尚さんを食べようとしていたクマは、四つんばいになったかと思うと、竹やぶの中にサッと消えていきました。

 
 
8

佐々木さんの家に着いた和尚さんを見て、みんなが駆け寄ってきました。
「どうしました。顔が真っ青ですよ」
和尚さんはふるえた声でクマに出会ったことを話しました。
「なにっ、クマが和尚さんをねらったって!」
鉄砲撃ちで有名な佐々木さんの息子さんは、すぐに鉄砲をつかみました。
 すると、和尚さんは
「待ってください。私の願いをきいて、私を助けてくれたクマです。どうか今日は射たないでください」
と言って たのみました。

 
 
9

 次の朝、佐々木さんの隣の家では おおさわぎです。大事な馬がクマに 食べられたのです。
 クマは、平手うちで馬を気絶させてから、両足を肩にかついでひきずり、川まで運んで食べていたのです。
『もしかして、和尚さんを狙ったクマかもしらねえ・・・』
と、佐々木さんは思いました。

 
 
10

 『馬を食って、水を飲んだクマは元気百倍になるぞ。みんなで捕まえなければ、今度は和尚さんが食べられてしまうかもしらねえぞ。』
 そう思った佐々木さんは、鉄砲射ちの仲間を呼びに走りました。

 
 
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 和尚さんが、山道でクマに出会ってから三日目、大きなクマは五人の鉄砲射ちに射たれました。
和尚 「私の命を助けてくれたクマに、お経をあげさせてください。」
と、和尚さんはクマにてを合わせました。

 
 
12

 お寺の大きな栗の実を拾いに たくさんの子どもたちが集まってきました。
みんな かごいっぱいに栗を拾っていきました。
 今日は どこの家でも栗ごはん。
 おかずはクマの肉のごちそうです。
和尚 「なむあみだぶつ なむあみだぶつ・・・」

 お寺からは、和尚さんの お経を読む声が聞こえてきます。