北茨城市の誕生以来すでに二十数年が過ぎた。この間、当市は基幹産業であった石炭産業の終息により、大きな打撃を受けたが、市は、工業団地造成その他の施策を推進して、市勢発展への基礎づくりに努めた。昭和五十一年三月の市制施行二十周年記念式典は、立直りをみせた当市の新たな飛躍への出発でもあった。
この新たな出発の時にあたり、私たちの先人が歩んできた道を跡づけることは、私たちの将来を考える上に意義あることではなかろうか、としてここに「北茨城市史」の編さんが、市制施行二十周年記念事業のひとつとして推進されることとなった。
昭和五十一年四月市史編さん室が設けられ、いろいろの準備作業をへたのち、同五十四年四月には市史編さん委員、同編さん専門委員をそれぞれ委嘱する運びとなった。市史編さん事業は正式にスタートしたのである。
そしてこの年の五月七日、第一回の市史編さん委員会が開かれ、市史編さんの基本計画が決定した。市民に親しみやすい、目でみる『図説 北茨城市史』の刊行について話しあわれたのは、この時である。
以来三年余、市内はもとより、遠く秋田、盛岡をはじめ、各地に史料の調査収集を実施した。また細原、大津廃寺跡、上の台各遺跡の発掘調査、あるいは車城跡の実測調査なども行った。そしてこれらの調査により新発見も多く、市史のために大きな成果があったのは、専門委員の方々のご努力をはじめ、領域研究会、茨城地方史研究会、国学院大学考古学研究室などのご尽力に負うところが大きい。そしてまた、市民の皆様のあたたかいご支援、ご協力があったことを忘れることはできない。
さて、これら成果の上に立って『図説 北茨城市史』の編集にあたったが、内容については読者に親しみやすく、わかりやすいものであること、写真を中心に北茨城地方の歴史が概観できるものであることの二点を心がけた。そのため引用史料はできるだけ意訳し、専門用語などはなるべくさけ、固有名詞、地名などにはふりがなを付けることに努めた。
なお本書の構成については、北茨城地方の原始から近現代に至る時期を五章に分け、序章として自然環境の概説を、巻末には本文の理解を容易にするための北茨城市史略年表を付した。すべてB5判二八二頁である。その執筆、写真撮影にあたったのは次のとおりである。
監修 瀬谷義彦
序章 北茨城の自然環境 佐藤惣一
第一章 原始の北茨城 瓦吹堅
第二章 古代の北茨城
一 多珂国造(古墳と副葬品 民衆のくらし 市内の古墳と横穴) 瓦吹堅
一 多珂国造(多珂国造と墳墓) 二 国境の港 三 勿来関 四 蝦夷征伐と天台宗 五 佐波波地祇神社 六 源頼義・義家の登場 志田諄一
第三章 中世の北茨城
一 金砂山と花園山 二 国境の土豪 三 佐竹氏の発展 五 岩城常隆の多珂郡侵入 六 大塚氏の活躍 七 車氏と車城 八 大閤検地と知行替え 九 車丹波守の生涯(武勇の人 上杉家の客将 車丹波一揆) 一〇 宗教と信仰 志田諄一
四 夢窓国師と臼庭 九 車丹波守の生涯(その後の車氏) 江尻光昭
第四章 近世の北茨城
一 近世の幕明け 八 祭りと習俗 一〇 文化 江尻光昭
二 近世の村 四 農民と漁民の生活 五 東廻海運と平潟 小松徳年
三 十石堀 一二 幕末維新の動乱 宮沢正純
六 街道と宿場 一一 石炭の発見 橘松寿
七 異人上陸 九 庶民の教育 瀬谷義彦
第五章 近現代の北茨城
一 近代のはじまり 四 揺れる村政 五 地方改良運動 安典久
二 教育制度 六 石炭産業と常磐線の開通 一四 炭礦の繁栄と労働運動 橘松寿
三 自由民権運動と野口勝一 宮沢正純
七 水産業 八 芸術と文化 一〇 不況と経済更生運動 一一 銃後の町村 川崎松寿
九 昭和初期の世相と風俗 一三 敗戦と戦後の諸改革 一五 北茨城市の誕生と展望 鳥居俊夫
一二 風船爆弾 鈴木俊平
写真撮影 滑川敏行
さて、前述のように史料の調査、収集は大きな成果をあげたが、限られた時間内のことでもあり、なお見残しのあったことは否めない。それにもかかわらず本書を刊行することになったのは、一日も早く、北茨城地方の歴史の概観を明らかにしたいと考えたからである。今後はさらにくわしい通史の刊行に取り組まねばならない。市民の方々のより一層のご鞭撻、ご協力をお願いするしだいである。
なお本書の刊行については多くの方々のご協力があった。それら関係者各位に深く感謝の意を表し、お礼を申上げたい。
北茨城市史の編さん体制は次のとおりである。
編さん委員会
委員長 柴田章(市長)
副委員長 今井廣(議会議長) 松崎龍夫(助役)
委員 村田素雄(副議長) 小野寺官(前同) 芳賀俊夫(議会総務委員長) 今井亨二(議会文教厚生委員長) 古茂田昇(前同) 本田博(議会建設委員長) 松川寿郎(議会産業委員長) 神長吉豊(前同) 渡辺政則(前収入役) 滑川秀夫(教育委員長) 柴田正久(教育委員) 荒川文雄(教育委員) 渡辺圭吾(教育委員) 長瀬昇(前同) 鈴木八衛(前同) 金成庫一(教育長) 瀬谷義彦(監修) 志田諄一(専門委員) 小松徳年(専門委員) 鈴木随順(文化財審議委員長) 杉目時雄(磯原雨情会長) 渡辺積司(企画財政部長) 有賀高明(総務部長) 野口通(議会事務局長) 倉持計(元市長公室長) 鈴木甲助(元教育次長)
編さん専門委員会
監修・専門委員 瀬谷義彦(茨城大学名誉教授)
専門委員 志田諄一(茨城キリスト教大学教授) 江尻光昭(日立市立豊浦中学校教頭) 鳥居俊夫(日立市立日高中学校教諭) 橘松寿(日立市立河原子中学校教諭) 小松徳年(茨城県歴史館研究員) 宮沢正純(茨城県歴史館研究員) 安典久(茨城県歴史館研究員) 瓦吹堅(茨城県教育財団調査員)
編さん調査協力委員
佐藤惣一(日立市立助川小学校長) 川崎松寿(日立市企画課係長) 川崎勝雄(精華小学校教諭) 滑川敏行(明徳小学校教諭) 村田敏男(富士ケ丘小学校教諭) 星敏雄(大津御船祭保存会長) 山形巍(民俗学会大津支部長) 甲高武雄(郷土史研究者) 小野慶一(福祉事務所長) 緑川利一(歴史民俗資料館長)
事務局
佐藤留雄(社会教育課長) 菊地孝徳(文化振興係長) 安島一夫(文化振興係) 安部憲夫(同) 藤本政子(同)
なお本書に収録掲載した写真、史料については、編集体裁上からその提供者、所蔵者を本文に一々あげることをしなかった。本書刊行のために快く調査に応じてくだされた方々、写真、史料を提供くだされた多くの方々並びに各機関名を、ここに明記し、心からお礼を申上げたい。
史料提供者・協力者(市内、市外、神社・寺院、機関別 五十音順)
市内
会沢龍次 青山豊 青山実 朝日義英 赤津重衛 安部哲夫 有賀広益 宇佐美定夫 上野高利 大森広美 大森武 小川新 小野慶一 小峰定雄 小野健二郎 大森瑛 河井勲 瓦吹六郎 瓦吹堅 神永英喜 神永豊 神永立雄 菊池半 菊地健一郎 菊地健英 岸明 木田義之 小松喜代夫 小松喜一 小口丈夫 駒橋源蔵 西丸徹 酒井積 酒井正好 佐藤克文 佐藤保 佐竹義一 佐久間イソ 柴田章 柴田静 柴田兵部 志賀保男 篠田瑛 白土肇 上茶英二 篠原武司 菅野義一 鈴木一 鈴木汎 鈴木直 鈴木延光 鈴木博泰 鈴木市男 鈴木金一郎 鈴木不二男 鈴木一枝 鈴木清 鈴木正美 鈴木雅彦 関口杢左衛門 立原庄作 鷹岡忍 田中三男 田畑留吉 滝芳江 滝滋 茅根弘 鉄正 手塚義夫 永山国昭 長久保正義 中根洋一 滑川貞 滑川宰 滑川秀夫 二田脩 沼田治男 沼田章 根本實 野口雅夫 蛭田滋 藤井勇 松崎元廣 松崎忠彦 松本一郎 峰島良平 緑川利一 毛利真平 森田義男 森真澄 山県盈静 山形巍 山形通夫 横倉農夫 渡辺力 渡辺隆彦
市外
阿久津久(日立市) 荒川良亮(福島県東白河郡塙町) 石俊三(高萩市) 泉漾太郎(栃木県塩谷郡塩原町) 今瀬文也(水戸市) 植田敏雄(行方郡麻生町) 江尻光昭(高萩市) 小川知二(水戸市) 樫村宣行(日立市) 柏義夫(高萩市) 木内信基(那珂湊市) 城戸啓(高萩市) 小室昭(笠間市) 近藤鉄城(川越市) 鷺昇(いわき市) 鷺松四郎(日立市) 佐久間好雄(水戸市) 桜井明(石岡市) 佐藤重子(東京都杉並区松庵) 鈴木俊平(東京都中野区鷺宮) 鈴木四郎(高萩市) 鈴木暎一(水戸市) 瀬谷義彦(日立市) 田中富美子(和歌山県周参見郡すさみ町) 土屋三男(高萩市) 中野慶吉(笠間市) 中山卯郎(中野市) 花園教之(高萩市) 藤本征一(高萩市) 福地けい(多賀郡十王町)
神社・寺院
市内
愛宕神社(下相田) 弟橘媛神社 大塚神社(富士ケ丘) 王子神社(日棚) 鹿島神社(上桜井) 佐波波地祇神社(上小津田) 佐波波地祇神社(大津町) 花園神社 八幡神社(車) 八幡神社(関本下) 八幡神社(平潟町) 八幡神社(関本上) 福田神社 八坂神社 石沢寺 円福寺 海徳寺 源東寺 浄蓮寺 成顕寺 禅源寺 長福寺 長松寺 東漸寺 東照寺 中山寺 竜寅寺
市外
一山寺(いわき市) 願成寺(高萩市) 正宗寺(常陸太田市) 正源寺(高萩市) 瑞雲院(新庄市) 東禅寺(福島県双葉郡広野町) 法鷲院(多賀郡十王町)
なお、一般には公開しない宗教関係の史料で、特別に学問的立場からご許可下さったもののあることを付記して感謝の意を表したい。
関係機関・団体
秋田県立図書館 秋田県庁 茨城県立図書館 茨城県立歴史館 岩手大学図書館 茨城窯業株式会社 いわき市史編さん室 茨城県立日立第二高等学校 大津漁業協同組合 神奈川県立文化資料館 金砂郷村教育委員会 勝田市史編さん室 北茨城市立石岡小学校 国立公文書館 新庄市立図書館 水府明徳会彰考館 高萩市教育委員会 棚倉町史編さん室 塙町史編さん室 日立市立郷土博物館 米沢市史編さん室 米沢市立図書館 横須賀市立図書館
末筆であるが、監修者として各執筆者に対しあたたかな励ましとご指導をいただき、ご苦労をおかけいたした瀬谷先生、執筆に特別のご配慮をいただいた鈴木俊平先生、休日を返上して調査、執筆にあたられた専門委員の諸先生、とくに献身的労苦をおかけした小松先生、写真撮影にご助力くだされた滑川先生、以上の方々に深くお礼申上げるしだいである。
(事務局)