④都道南側地区【報告書3、9】

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 前項で述べた範囲確認調査のうち、C地点の南側では一〇か所のグリッドを調査し、内四か所で遺構、遺物が確認された。遺物は黒曜石製のナイフ形石器一点のほか、剥片二点、焼礫片四点とわずかではあったが、谷頭から約一三〇m南のグリッドのⅩ層で木炭粒子の集中する遺構を発見したため、半截して覆土等を精査した後、埋め戻して、以後の調査に委ねることとなった【報告書3】。
 この南側地区については、約二六〇〇m2が昭和五四年度分調査として昭和五四年四月一日から翌五五年二月二九日まで、小平市鈴木遺跡調査会により実施された。調査は対象部分の全面がⅩ層まで掘り下げられ、一部ⅩⅩⅥ層の成増(なります)礫層まで掘り下げて地層柱状図が作成されるとともに、剥離標本が作製され、成増礫層の上に下末吉(しもすえよし)、武蔵野、立川ローム層が約九m堆積している状況が資料として保存された。縄文時代の遺構としては、七基の土坑のほか、二か所に集石〔礫の集中部〕が発見された。土坑のうち二基は炉址と考えられる遺構であり、一基の底部からは構築当時に据えられたと思われる幼児の頭大の礫がともなう。縄文時代の遺物は、中期勝坂式土器片のほか、打製石斧等が見つかっている。旧石器時代の遺構としては、前述した覆土に木炭粒子の集中する土坑を完掘(かんくつ)し、覆土内のロームが焼けていることなどから、このⅩ層上位に確認面をもつ遺構は、武蔵野台地最古の遺構であり、炉址であると評価されることとなった。遺物としては、Ⅱ層、Ⅲ層、Ⅳ層上位、Ⅳ層下位、Ⅵ層、Ⅶ層、Ⅸ層、Ⅹ層と、八枚の文化層が確認された。特記すべき様相としては、Ⅲ層からⅣ層上位にかけての尖頭器(せんとうき)の一群、Ⅳ層下位のナイフ形石器を主体とする石器群、Ⅶ層からⅨ層にかけての石器群、Ⅹ層上部の局部磨製石斧を伴う石器群が挙げられる。このうち石斧についてはそれまでの出土資料と合わせた一四点について、顕微鏡観察が行われ線状痕(せんじょうこん)、摩滅痕(まめつこん)、光沢などから機能、用途の推定が試みられた。