8 御幸第Ⅰ地点(日立電子小金井工場構内)【報告書11】

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 石神井川谷頭部から南東に約四〇〇m下流右岸の、北に傾斜する緩斜面上に位置する。昭和五六年一二月に日立電子株式会社から工場の増設が通告されたが、当該地は当時、遺跡の推定範囲から外れていた。このため同月二二日に簡単な試掘調査を行ったところ、Ⅳ層中から礫群が確認されたことにより、翌昭和五七年二月一七日から五月一三日までの約三か月間小平市遺跡調査会により発掘調査が実施された。調査はa合併処理槽の二一六m2を全面調査、bテニスコートの一六m2、cF棟の三二m2、dサブグラウンドの一六m2、e特高施設の一六m2は確認のための試掘調査である。調査深度はⅡ層ないしⅣ層までとし、部分的にⅩ層、ⅩⅢ層まで深掘りを行った。
 調査の結果、縄文時代の遺構は試掘調査での陥穴と思われる土坑一基のほか、用途の明らかでない土坑二基が発見された。遺物は多数の前期諸磯(もろいそ)B式、後期堀之内Ⅰ式等の縄文土器片三五二点のほか、石鏃等三点であった。
 旧石器時代では、石器の母岩別分類を基準にした原生活面の復元作業を通じてⅣ層中位、Ⅳ層下位、Ⅶ層下位、Ⅸ層~ⅩⅡ層の四枚の文化層が確認され、それぞれ第Ⅰ文化層、第Ⅱ文化層、第Ⅲ文化層、第Ⅳ文化層と名付けられた。第Ⅰ文化層の石器は量的には少ないものの、未発掘区への広がりも予想される。第Ⅱ文化層の石器はナイフ形石器三点、剥片五点、砕片三点である。石器のうちの三点のナイフ形石器は横長剥片(よこながはくへん)を素材としている点が注目される。これらは同レベルで検出された礫群を取り囲むようにまとまった出土を示し、石器ユニットと考えられる。第Ⅲ文化層の石器はナイフ形石器一点、石核二点等で、二つの石器ユニットを構成する。第Ⅳ文化層の石器はナイフ形石器一点、スクレイパー三点、楔形(くさびがた)石器四点と楔形石器の砕片一点、台形石器一点、錐(きり)二点等一三七点で、二つの石器ユニットが認められる。Ⅸ層には炭化物片集中(たんかぶつへんしゅうちゅう)が認められる[図1-14]。
図1-14
図1-14 鈴木遺跡御幸第Ⅰ地点