昭和十九年、彼女は二十歳の時、小川町から仲町の農家に嫁いだ。この人ならと思って結婚した男性の家は農業だけだった。食事は実家では白米であったが嫁ぎ先は農家であり麦ご飯であった。当時は大きな農家でもふだんは麦ご飯であった。昭和三十四年頃もまだ麦ご飯で、白米を食べるようになったのは昭和四十年前後だったらしい。
嫁に来た時この家の姑は五十九歳だった。姑が亡くなるまで二十年間一緒に住み、また舅は昭和四十二年に亡くなり、二十三年間一緒に住んだ。舅姑夫婦には子供がいなくて彼女たちは両方とも養子であった。お嫁に来てからしばらくは外にでる機会は全くなく、子育てや仕事で自分の時間というものがなかった。それは、彼女が嫁入りした時代はまわりの家々も同じような状態だった。
世の中が落ちついてくる頃には、小平も景気がよくなり、暮らしも違ってくる。しばらくすると、地域の婦人会などで外出することが多くなり唯一の楽しみとなっていく。
その後夫の仕事関係などでも外出する機会が増えていき、楽しい時代をすごしたと思う。その中で彼女は自分が姑の立場へと変わってゆくことになる。