消えた草葺き

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 小平市内から草葺(くさぶ)きの民家が目にみえて姿を消していくのは昭和三十年代以降のことになる。住まいの空間の変容とは、そこで営まれる暮らしの変容を反映している。家々の多くが農業を生業(せいぎょう)としていた時代、ひとつ屋根の下に稼ぎと生活の場がおさまり、その空間にはその家の経営のあり方が細やかに反映していた。そしてそれぞれの場のもつ性格は、年間の生産生活のサイクルに合わせて機能を変えた。生活と生産の場であった農家の住まいは、現代の住宅に比べてはるかに広い空間を有していた。養蚕が家計の主軸であった頃のおもかげをとどめる家は昭和三十年頃までは残っていた。しかし昭和三十年代後半には家々の多くは様変わりし、草葺きの民家は、現在知る限り一軒を残すのみで、あとは「小平ふるさと村」に幾棟かが移築復元されている。

図3-1
今も残っている蚕室の建物。大正時代に建てられたもの 小川町(2012.4)