弁当

391 ~ 392 / 881ページ
 昭和のはじめの頃の小学校の弁当は、アルミの弁当箱に、麦飯に梅干、鰹節がかかっていたら良いほうであったという。その弁当箱も二代も三代も使えば梅干の酸で穴があいたものだった。他にホウロービキの弁当箱もあった。つましい家の子どもは弁当に新聞紙にくるんださつまいもを持って行った。学校に近い家の子どもは昼食を家に食べに戻っていた。また大正時代は、子どもの弁当の多くがさつまいもであった。戦後間もない昭和二十年代には余裕のある家では、弁当のご飯に上は米の飯を下に麦の飯を入れたという。