麦の種類

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 麦作りは、大麦、小麦、ビール麦の三種が主力であった。大麦は主食用に、小麦は粉に挽いて手打ちうどんに、ビール麦はビール用として出荷する。三種類の麦の作付の配分は各家の所有耕地の広さによっても違ってくるのだが、それでも一番多いのは日々の主食であった大麦である。例えば大麦を十五俵収穫すると、うち十俵は自家用に、五俵は販売用にしたものである。全体としてみると、大麦は麦の作付量全体の六割ほどで、小麦は三割ほど作付けた家が多かったという。またビール会社と契約してビール麦を作付ける農家もあったがその軒数は少なかった。
 農家にとって最も大切な作物は大麦である。小麦も自家用に使う分はどの農家も作った。大事な来客のもてなしや人寄せの際に必ずうどんを出すからである。しかし小麦は大麦に比べればその作付量ははるかに少ない。小麦を換金作物として作る農家であればかなりの畑を持っていた家になる。大麦は反当十俵ほどの収量があり、ほかの麦と比較すると反別収量は多い。小麦の場合の収量は一反に七俵位で、ビール麦も同じ七俵位収穫できた。ビール麦を売り物として多く栽培していたある農家の場合、ビール麦の作付反数は四、五反ほどになろうか。およそ三十五俵から四十俵くらい収穫できたというが、その量は麦作付分の全体の六割ほどであった。そうした作付配分だと、大麦と小麦の自家用分はぎりぎりの収量になったという。ビール麦は俵詰めで出し、一俵が十三貫五百(約五十五キロ)ほどであった。
 大麦にはかつてシコクという、晩生で人の腰の高さまである丈の高い品種があった。今でも作られていたら食べたいと思うほどおいしい麦だったという。一般に晩生のものは早生より美味しかった。ところが作付ける大麦の品種が変わった。麦の間作に陸稲やスイカなどが作られ、背の低い早生の品種が開発され作付けられた。麦の背が高いと、間作(かんさく)に植えたスイカや野菜に陽が当らず生育が悪いというのがその理由であった。

図4-31
みのりをむかえる麦畑 小川町(2012.6)