五十人の季節労働者

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 花小金井に、大正十一年(一九二二)に漬物作りを始めた店がある。伝承では、その年、小平で大根がとれすぎたのがきっかけであるという。その草創期の様子は口碑でもよくわからないのだが、昭和に入って三十年代いっぱいくらいまで、多い時は五十人の人間がここで働いていた。といっても大半はいわゆる季節労働者であり、沢庵(たくあん)を漬けこむ十一月から半年ほど働きに来ていた。五十人のうち二十人ほどはその間住み込みで、新潟県と長野県からの出稼ぎであり、残りは近辺からの通いとなる。
 以下ここで昭和二十八年から働いていた方からの話をもとに昭和三十年代前半の様子を述べる。出身は新潟県北魚沼郡守門(すもん)村(魚沼市)であり、父親の代から、郷里の積雪期間の出稼ぎで同じ店に働きに出ていた。父親は十一月に田の仕事が終わると小平に出稼ぎに出た。六月に帰郷した父親の指は、ウコンに染まって黄色だったという。ウコンは沢庵の仕上げ段階に糠(ぬか)とまぜて使っていた。
 その父親のあとを継いで、小平の同じ店に前述したように昭和二十八年から出稼ぎをするようになった。なお、『小平ふるさと物語(二)』には、大正十三年(一九二四)埼玉県北本市生まれで、昭和十四年からこの店で働いていた方の話が収められており、これには同二十五年ころまでの様子が、その経営のあり方まで含めて述べられており、次に述べる話に先行する時代のありさまがよくわかる、この話からも少し補足しつつ以下、述べていく。