講の現在

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 講という言葉は、信仰を目的に集まる団体だけを意味するのではない。小平では、協力同心の目的で集まる場のことも講と呼んでいた。『小平町誌』(一二〇四頁、一二七一頁)にぜんわん講の記述があるが、これは祝儀不祝儀の際にみんなで協力し、膳椀(講椀)、座布団、大皿・小皿、諸道具などを共同で持つことである。今ではこの講はみられなくなったが、年配者たちは経験している。また、かつては念仏講というものもあって、女性たちが集まって念仏の練習をし、葬儀の際には念仏を唱えたという。
 以上の生活のなかの講は、小平町の時代までは一般的によくみられたものであったが、現在ではほとんどみられなくなった。ただ、今でもかたちを変えつつ続けられている講があるので、わずかではあるが以下にそれらを紹介する。