様々な町名

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 昭和三十七年九月の「小平町報」は一面でこの変更を報じ「字をなくし三十三の町に」とのタイトルを掲げている。この三十三という数は、丁目単位で町の数を数えたもので、小川町は二丁目まであるためふたつの町とカウントされており、同様に二丁目まである町が三つ、三丁目までの町がひとつ、六丁目までの町がひとつあるため、三十三という数になる。その町の名称のみを列記していくと、ほぼ西から中島町、栄町、小川町、上水新町、たかの台、小川西町、小川東町、津田町、上水本町、学園西町、美園町、仲町、学園東町、喜平町、上水南町、天神町、鈴木町、回田(めぐりた)町、大沼町、花小金井、花小金井南町、御幸(みゆき)町となる。
図8-1
図8-1 現在の小平の町区分と町名
①中島町 ②栄町 ③小川町 ④上水新町 ⑤たかの台 ⑥小川西町 ⑦小川東町 ⑧津田町 ⑨上水本町 ⑩学園西町 ⑪仲町 ⑫美園町 ⑬学園東町 ⑭喜平町 ⑮上水南町 ⑯天神町 ⑰鈴木町 ⑱回田町 ⑲大沼町 ⑳花小金井 21花小金井南 22御幸町  なおこれは平成24年4月現在のものであり、同年10月と翌25年10月に町境の一部変更がある

 その町名の由来は様々である。小川町、鈴木町、回田町(江戸時代は廻り田新田)、大沼町のように江戸時代の村名を反映しているものもあれば、花小金井のように地域の中心となる駅の名を取っているものもある。玉川上水から南には三つの町があるが、これらには「上水」の冠称が付されている。学園西町、学園東町は箱根土地時代の分譲地の名称学園西区、東区をそれぞれ反映したものであろうし、津田町は津田塾大学にちなんだ町名になる。御幸町は、明治十六年(一八八三)の明治天皇の小金井桜観桜にちなむものといわれている。仲町は小平のほぼ中央に位置することと、親密さをあらわすものとして名づけられ、栄町は繁栄を願っての命名である。中島町は旧小川村の一部で、かつて西中島といわれていた土地のゆえであるという。喜平町は近くにある喜平橋にちなんだものである。
 この新たな区分設定によって江戸時代の開拓のありようを反映した旧来の土地区画はかなり整理されたことになった。また、上鈴木、堀鈴木、堀野中、山家、回田は玉川上水に面している地域として一括して「五字(ごあざ)」と呼ばれることがあったが、この概念の意義も弱くなった。
表8-1 小川町時代の税務課土地台帳上の旧村小字一覧
小川西中島 茱黄窪 中島 南台上宿北側 上宿南側 中宿北側 中宿南側 坂北側 坂南側 窪北側 窪南側 下宿北側 下宿南側 鷹野街道外 前沢街道外
小川新田北側 南側 外田 山家 上水内 上水南
回田新田北側 上水通一号 上水通二号
野中与組北 中 南 長窪
野中善組本通南 本通北 御上水南御上水北
大沼田新田東京通北 東京通南 所沢道東西 北野中境
鈴木新田北側 南側 西側 堀端 上

 これらの町は、多く道路や鉄道線路、また玉川上水をもってその境を画されているが、仲町と学園東町とは高圧線で引かれる線が境とされている。しかし実際の二者の境線は、それとは違いかなりの入り組みをもったものになっている(図8-3)。これは、この土地を買い取り宅地開発を進めた不動産業者が、「学園東町」という名称のほうがイメージが良いと、隣接する仲町の土地を買い合筆して学園東町に属する土地にしたため鋸状の境になってしまった旨のことを仲町の古老からうかがった。もしそうだとすると、新しい宅地化の波が、入り組んだ土地境を新たに作り出したことになる。

図8-3
電柱に貼られている町境の線。入り込みがはげしい 学園東町(2010.11)


図8-4図8-4
図8-4 かつての地名は、今でもあちこちで目にする。
(左)西武萩山線沿線の標示(2009.10)(右)八雲祭山車の堤灯(2012.4.28)

 町名も町境も様々な来歴をもって混在している。現在、その各地域における人と人とのつながりも一様ではないが、ここでは、旧農村部のありさま、それも旧小川村を中心にみていきたい。小川は一番から八番にわけられている。これは自治会の区分でもあり、氏神である小平神明宮の祭祀組織の区割りでもある。その東に隣接する旧小川新田は、上(かみ)、下(しも)、山家(さんや)の三地区から成っており、このうち上を小川九番、下を同じく十番と称したこともあるが、現在は仲町となっている。かつての野中新田は、その内を北野中(きたのなか)、通野中(とおりのなか)、堀野中(ほりのなか)と区分されており、鈴木新田は上鈴木(かみすずき)、堀鈴木(ほりすずき)、下鈴木(しもすずき)とわけられており、この二つの旧新田、これに大沼田、回田の二地区をくわえたものが、小平のいわゆる旧農村部になる(図8-2)。
図8-2
図8-2 江戸時代の村の概略図
①小川村②小川新田③大沼田新田④鈴木新田⑤野中新田与右衛門組⑥野中新田善左衛門⑦廻り田新田  『小平町誌』掲載の図をもとに作成。ただし小さな飛地やこまかな入り込みは一部省略している