お客さんと向き合う

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 小平の農家にとって、このように家ごとに種類や量が異なる農作物を直売所で販売するという行為は、それまでに経験したことのない営みであった。その試行錯誤は、まだあまり庭売り直売に積極的ではなかった昭和三十年代に、「買出人と予め販売時刻を予約したり、経営内部で祖母に買出人の応接販売を分担させる等分業化によって巧みにこの販売形態を活用する積極的農家もみられ」(東京都農業試験場『そさいの庭先販売実態に関する調査』)たように、まずは対面販売の場を作ることから始められている。このような工夫の上に成り立つ対面販売において、お客とじかに向き合う時間は、現在、庭売り直売の感触を確かめる機会となっている。
「(直売所は)結構忙しいんだよ。朝から。とってきて葉っぱとってさ、荷造りしないといけないから、結構忙しいんですよ。手間かかる。だから面白いといえば面白いよね。やっててね。それでお客さんの反応。喜ばれればね、褒められれば嬉しいしよ。それはあるよ。おたくのは、なになにが美味しいとかね。言われりゃね。やっぱ嬉しいとこあんだね。」
 お客とのやり取りを通して確かめられるのは、こうした好感触だけではない。直売所に対する率直な感想もお客から直に伝えられるのである。
「それでほら、こういう食べ物だから、口コミっていうのがすごいでしょ。お客が、そこのものはだめだとか、もうはっきり言う。そうすると、もうそこへはお客は行ってない。一回買ったお客が何かの欠陥があって、そうするとそれがもう、ばぁっと広がっちゃう。だからへたなものは売れない。難しいとこだね、農家ってのは。作ればいいってもんじゃないからね。その点はこわいね。直売所は。」
 先に引いた庭売り直売の面白さについての語りの後には、こんな話が続く。直売所に向けられるお客の眼差しが、他店の評判という形で捉えられ、その生々しい実感をひとつの軸として、自家での販売に配慮が加えられることになる。
 販売という営みのなかでは、お客の好みや層も捉えられた。客層を推し量る際に手がかりのひとつとなるのが、客足の伸びる時期や時間である。
 客足は天候にも左右されるが、大沼町のある直売所では、トウモロコシの穫れる時期や土日は、平日の倍近くになるという。これは、トウモロコシの味を覚えてリピーターとなったお客が、休日に車で直売所を訪れるためで、それを「よそのお客さんがつく」と表現されていた。
 一方、平日の月~金曜日は一日に平均五十人ほどの来客がある。お客は午前に多く、午後一時から三時の間は少ない。夕方涼しくなるとまた増える。こうした一日の時間帯に応じた客足から「(直売所を平日に訪れるのは)だから近所の人なんだな。やっぱり。」と主人はみる。
 この直売所を車で訪れたある年配の男性は、「キュウリとトマトは小さいの。でもトウモロコシは二百円のを。美味しいから。」と言(いい)つかってきたという。小さいキュウリが好まれるのは、漬物用などの需要があるからだが、野菜の大小もお客の好みと生活様式が反映される点である。別の直売所の主人は、人数の少ない現在の家庭や単身世帯では、大きめの野菜を消費しきれないため、同じ野菜でも小ぶりの品種が作られるようになってきていると現状をみる。こうしたお客の指向は、直売所に並ぶ白菜を切り分けて売ってもらえないかという頼みがあることにもうかがえる。また、家族構成とともに、外食の機会の増加といった食生活の変化も、庭売り直売に影響を与える要因として捉えられている。