2.花輪の歩いた話

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 昔大沼田新田を開いた先祖は当麻彌左ヱ門一家であるが、その子孫の葬式の時、当時としては花輪を葬式の時、お寺の本堂の本尊様の西の部屋に南に向け飾ってあったのを私達もよく見て知っているが、ある時当麻家最後の長男が若くして病死した葬式の花輪が歩き出すと評判になり、新聞社まで来た時があり、私は見に行ったが私の見た時は歩かなかったが、尾崎直次郎様は見たと言う現在の生證人の一人である。
 その死亡した長男は、私の兄が大沼田の青年分団長だったので、夜役員会の時には家に来たのを覚えている。(注8)
〔注〕
(8)これは私が六つの時のこと。この長男は結核で亡くなった。ふつうの家では葬式に花輪が届くようなことはないのだが、名主の家なのでふたつ届いていた。お寺の本堂の正面に仏さまが安置されていて、花輪はその左手の畳の上に置いていた。花輪は前に二つ後に一つ足が出ている三脚の形で、これが歩き出したという。お坊さんがもどしてもまた歩いたという。これを見た尾崎直次郎さん-当時十六歳-は二〇〇八年の五月に亡くなった。