泉蔵院の成立

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大沼田新田は、當麻弥左衛門と當麻伝兵衛が開発を主導した(本節5)。そして、武蔵野新田の開発にともなって創建されたのが天台宗寺院泉蔵院である(図1-58)。まずは、泉蔵院の成立事情について述べておきたい。

図1-58 泉蔵院全景 (平成24年8月撮影)

 泉蔵院の成立にともなって、注目される用語として「引寺」という用語がある。一般に「いんじ」「ひきでら」などと呼ぶが、寺院を他の地域から引き移すことをいう。また留意点として、当時(元禄期以降)幕府の寺院政策が新たに寺院を建立することを禁止していたことがあげられる。そのため、それまで存在した寺院のなかから、衰微した寺跡を「引寺」することが求められていた。
 寛保四年(一七四四)、泉蔵院が成立するにともなって、大沼田新田の名主弥左衛門、開基檀那伝兵衛及び檀方惣代七名は、今寺村報恩寺(ほうおんじ)(現青梅市)との間で「引寺願証文之事」を作成している。同史料には、一八項目にわたって、引寺に関する条件が定められている。同史料のおもな内容は、表1-35に整理した。以下、表を参照しながら、引寺の際の取り決め条件を紹介したい。
表1-35 引寺成立条件一覧
No.概況項目主な内容注目点
1泉蔵院の位置や機能全般菩提・祈願ともに泉蔵院が実施する。この旨は社人・山伏等とも議定証文をとる。また子々孫々に至るまで、百姓は離檀しない。引寺を奉行所に願い出ているが、引寺となれば寺地等は檀家が寄進する。また住職がみつからない場合は、檀家が相談するなどして決める。寛永寺・本寺の指示には背かない。他の宗教者に対して僧侶の主導的な立場を確認。
2出家者の対応檀家のなかで幼少の者の出家は特例だが、「晩年之者」が「無常道心」を発し他宗で剃髪してはいけない。僧侶輩出の問題。
3無住の際の対応無住により宗門印形が出来ない場合は、本寺が代印する。本寺の補足的機能。
4同上無住の場合は、檀家より寺の番などを行う。寺院の財産を失わないようにする。また本寺の指示がない住職は言うまでもないが、留守居を隠し置くことは禁止である。本寺の末寺規制。
5住持入院の対応住職が入院する場合は、本寺へ継目金を出す。本寺と住職輩出の問題。
6年礼の対応正月十一日を年礼とし、泉蔵院へ年玉を御礼として出す。檀家と泉蔵院の問題。
7盆供の対応七月十日まで盆供として白米等を納める。同上。
8天台会の対応毎年十一月廿四日の天台会には、二百文出す。同上。
9持高の対応本寺の断りになしに泉蔵院持高を売るなどは禁止である。借金は寺附にはしない。檀家による泉蔵院の財産運用。
10普請の対応泉蔵院の普請は、分外にしない。新たな普請は先立って、絵図面で指図をうかがう。十七夜夜等の興行などは本寺の意向を受ける。本寺の末寺規制。
11灌頂の方法灌頂(僧侶の儀式)は、深大寺で勤める。深大寺の機能。
12弟子の初護摩修行泉蔵院の弟子が初護摩修行を実施する場合は、本寺へ奉納金をだす。本寺の末寺規制。
13現住遠方罷出の対応現住が遠方へ出向く場合は、本寺へ知らせる。同上。
14住持死去の対応泉蔵院の住職が亡くなった場合、早めに届出て御焼香をする。回向などは御指図次第に檀家が行う。その入用金は寺附ではなく、その住職個人に附する。檀家の立場。
15戒名の対応檀家は院号・居士などの戒名を受ける場合は、前もって泉蔵院への対応、本寺へもうかがう。万一、不埒の状況になった場合は、本寺の指示次第とする。檀家の立場。
16本寺への勤めの対応本寺への勤めは、子の年から十五年間、納物は御容赦とするが、出勤は十五年後より行う。本寺の末寺規制。
17土用寒気の対応土用寒気歳暮節句の勤めは遠方であるため容赦する。本寺の末寺規制。
18引寺の入用金の対応引寺の入用金は檀家が対応し、泉蔵院の寺附にはしない。檀家の立場。
寛保4年2月「泉蔵院引寺証文」(史料集14、p.222)より作成。

 一八項目は、おもに四点に分類した。①泉蔵院の基本的な性格、②本寺と泉蔵院の関係性、これは本寺の末寺規制の問題、③泉蔵院の運営と檀家のあり方、④寺院が整備されるまでの特例事項である。以下にその内容について説明する。
 ①の条件について、表中のNo.1についてみると、このなかでは、泉蔵院が後々においても村内における主導的な宗教施設であることが定められている。社人(しゃにん)・山伏(やまぶし)などがいても、泉蔵院の檀那であることを確約している。また、村内に他の寺院を建立しないことも定められ、泉蔵院を中心とした引寺の条件が確約されている。このほか、檀家が離檀しないこと、さらに引寺となれば檀家が寺地を寄進することも確約されている。泉蔵院が新田の中心的な宗教施設として運営していくことが求められている。
 ②の条件(本寺と泉蔵院の関係性)について、表中のNo.3・4をみてみると、泉蔵院が無住(むじゅう)の場合の対応が記されている。一般に無住とは、住職が寺院に居ない場合をいう。泉蔵院が無住になった場合には、どのように対応するのかが、確約条件にあげられている。とくに、ここでは本寺が許容しない住職や留守居を置かないことが定められている点が注目される。またNo.4では、寺院の財産を檀家が取り扱い、泉蔵院の負担面を拒否する。ほかにNo.5では、住職が就任するにあたっては継目金を本寺へ出すことが確約される。No.10では、普請にともなう本寺の指示、No.12では、泉蔵院弟子が修行を行う場合には、本寺への上納金が必要であることが確約される。このほか、特例になるが、No.16・17なども、これに該当する。概して、本寺の規制が泉蔵院建立の重要条件として確約されている。
 ③の泉蔵院の運営と檀家のあり方は、No.6・No.7・No.8が該当する。まず、正月一一日が「定日」とし、泉蔵院への鳥目(ちょうもく)(金銭)など、弟子がいる場合にも鳥目を持参し、御礼とすることが決められている。七月一〇日には、檀家が盆供として白米を納めること、さらに毎年一一月の天台会(てんだいえ)にも金銭を持参することなどが定められている。さらに檀家の戒名をめぐるものもある(No.15)。檀家が院号・居士・大姉(だいし)を望む場合、前もって泉蔵院および本寺へ願い出ることが必要であり、後日に問題を生じさせないとする。また後日、問題が生じた場合は本寺の指示を受けることが明示される。ここでも本寺の規制が確認できるが、檀家の「家」の格式に泉蔵院及び本寺が対応していた状況が判明する。さらに、住職が死去した場合の費用は、檀家が負担することが示されている(No.14)。ただし、土用節句などの勤めは用捨され、一定の許容範囲もわかる。このほか、出家者への条件も記されている(No.2)。
 つぎに④の特例事項を述べるが、これは引寺にともなう特例条件として理解できる。たとえば報恩寺(泉蔵院の本寺)の本寺に当たる深大寺(現調布市)が、灌頂(かんじょう)とよばれる僧侶受位の儀式についての拠点となることが明示されている(No.11)。また引寺にともなう泉蔵院の諸入用は、本寺および檀家がになうものとし、泉蔵院自体への借金にしないとする(No.18)。ほかに、これ以降、泉蔵院への借金が生じないようにすることが確約される(No.9)。