大岡忠相の地方御用拝命

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紀伊和歌山藩主(きいわかやまはんしゅ)から八代将軍となった徳川吉宗にとって、急務の課題は財政再建であった。吉宗が財政再建のために取り組んだのが、定免制(じょうめんせい)の採用と新田開発であり、この新田開発は、小平市域にとって決定的に大きな影響をもたらす。享保七年(一七二二)六月、当時町奉行の大岡忠相(おおかただすけ)は、地方御用(じかたごよう)の兼任を命じられる。従来、地方御用(民政)は勘定所の指揮を受けた代官が管轄していたが、町奉行の大岡もその一部を担当することになり、大岡の指揮のもと、町奉行配下の役人や代官が、関東の地域支配や新田開発に従事することになる。そして、翌七月、江戸日本橋に新田開発奨励の高札が立てられ、大岡のもと、多摩地域・武蔵野の大開発がはじまる。
表1-43 近世中期支配代官一覧表
代官名支配期間小川大沼田廻り田前歴後歴家禄備考
岩手信猶1722.8~1728死去650石大岡支配役人
1730
1730.2~1732.6.12
野村時右衛門
小林平六
1728~1730.2岩手手代カ罷免大岡支配役人
荻原乗秀1729西丸御納戸頭・佐渡奉行700石大岡支配役人
1731~1732.6
1733~1734.1.19
上坂政形1732.6.12~1733町奉行所与力勘定組頭200俵大岡支配役人
1732.6.12~1743.7.10
1734.1~1743.7.10
川崎定孝1743.7.10~1744押立村名主・支配勘定格勘定吟味役150俵大岡支配役人
1743.7.10~1749.5
伊奈忠逵1744~1750.7.303966石伊奈家
伊奈忠辰1750.7.30~1754.9.53966石伊奈家
伊奈忠宥1754.9.5~1769.12.73966石伊奈家
伊奈忠敬1769.12.7~1778.3.123966石伊奈家
1769.12.7~1770.8
伊奈忠尊1778.6.6~1792.閏2.26罷免・改易3966石伊奈家
久保田政邦1770.10~1778.1勘定勘定吟味役150俵江戸廻り
飯塚英長1778.4~1784.8.23小十人勘定吟味役200俵江戸廻り
飯塚政長1784.8.23~1790.4小姓組飛騨郡代200俵江戸廻り
*『寛政重修諸家系譜』、小川家文書、斉藤家文書、當麻家文書、当麻伝兵衛家文書、小町家文書などより作成。
*小川新田・野中新田両組・鈴木新田は、関連史料が少なく正確な支配期間や代官が不明なため、一覧からは除いたが、小川新田以下各新田は廻り田新田・大沼田新田と同様に1743.7.10から1748まで川崎定孝の支配を受け、小川新田のみ、廻り田新田同様に1770.10より江戸廻り代官支配をうけるようになったと思われる。