爪印

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印を所持して文書に捺印するのは、家を代表する当主であることが原則とすれば、当主以外の人びとが意思を示す場合はどうだったのだろうか。
 明和六年(一七六九)四月、小川村の源兵衛の忰仙之助は、たび重なる不行跡のため、名主弥次郎に対して詫状を提出した。仙之助は印を所持していないため、署名の下には爪印を据え、さらにその下には「左り大指」と書かれている(図2-88)。通常、爪印は親指の爪に墨を付けて文書に据える。仙之助も左手の親指で爪印を据えたのである(史料集一五、二八四頁)。

図2-88 源兵衛忰仙之助爪印
明和6年4月「差出申一札之事」(史料集15、p.284)

 また、当主ではない女性も爪印を据える例が多い。小川村では宝暦一四年(一七六四)三月、伝右衛門母しゅんが爪印を据えている。その下には、「右大指」と書かれている(史料集一五、二六三頁、図2-89)。おそらくは証文を書いた者によって、しゅんに対して「右手の親指で爪印を据えるように」という指示がされたのであろう。現代でも、鉛筆書きなどによって書類の捺印箇所を示すことがあるが、同様な指示がされていたのである。

図2-89 伝右衛門母しゅん爪印
宝暦14年3月「口書之事」(史料集15、p.263)