学習課程

633 ~ 634 / 868ページ
近代の学校教育における統一的な学習課程とは異なり、義務教育ではなかった近世の地域教育では、師匠の特性や筆子の要望に合わせて学習課程が組まれていた。小平市域で開設された手習塾個々の学習課程を知ることのできる師匠側の史料はないが、筆子の家に残された往来物から、おおよその学習課程とその傾向を知ることができる。
 表3-10は、廻り田新田の斉藤家に残されている往来物のうち、一つのまとまりとして捉えられる安政二年(一八五五)以降の往来物を、年代順に並べたものである。
表3-10 斉藤家手習本一覧
手本名年代種別
国尽安政2年
村名安政3年
無羅奈と梨・東都方角安政3年
江戸方角・商売往来安政3年
隅田川往来 再刻安政3年木版
謹身往来 再版安政3年木版
商売往来・謹身往来安政4年
(習字手本 面頗痩・・・)安政5年
(習字手本 都路ハ・・・)安政6年
(習字手本 算術・・・)安政7年
(習字手本)万延元年
国尽・無羅奈万延元年
庭訓往来 弐編万延元年
用文章 三万延元年
用文章 四万延元年
用文章 五万延元年
自遣往来 はつのまき万延元年
自遣往来 再刻万延元年木版
百姓往来 改正新刻万延元年木版
自遣往来 二ツ乃まき万延2年
自遣往来 大尾・消息往来 初之巻文久元年
拾遺商売往来 全文久元年
消息往来 二文久2年
商人問屋往来文久2年
消息往来 一文久2年木版
御手本文久4年
おしゑくさ 全文久4年
風月往来元治元年
版本は「版」、師匠による自作や写本は「書」とする。『小平市内諸家所蔵古書目録Ⅱ』より作成。

 年代順や内容から、基本的な学習課程として、いろは・名頭(ながしら)・十干十二支といった基本的な語彙からはじまり、居住する地域や全国の地名を学ぶための村名(むらな)・国尽(くにづくし)といった地理系テキストへと続く。つぎに、『商売往来』といった地域に関わる産業系のテキストと、『江戸方角』などを利用して江戸の地理を学ぶ。そして、『消息往来』や用文集を使用して一般的な書状や文章の書き方や、証文類を利用した学習を行っている。また、廻達された触書や教諭書、高札のほか、『実語教(じつごきょう)』や『童子教(どうじきょう)』など教訓系のテキストを利用して、地域で生活していくのに必要な諸規則や躾も身につけられた。『自遣往来(じけんおうらい)』は、いろは・十干十二支や数字・九九、さまざまな単位や語句のほか、文章法式指南、江戸の年中行事や名所など、様々な知識を身につけることのできるテキストであり、広く利用されていた。
 これらの手習本のほとんどは、師匠によって書写されたものである。版本から写したものもあれば、師匠自作のものもあった。版本から写した場合も、すべてではなく、必要とするところのみを部分的に抽出していたのである。また、一つの手習本に複数の教材がふくまれることが多く、師匠独自の学習課程を反映したものといえよう。
 学ぶ個々人によって前後の違いなどがあるが、おおよそこのような学習課程を辿る。手習塾で一通り学ぶことで、地域で生きていくために必要な知識を身につけることができたのである。つまり、そのような知識を身につける必要性を師匠も筆子も認識しており、相互の理解のうえで行われていたものであった。ただし、上級まで学ぶ者もいれば、家や個人の事情によって途中で退学する者もいた。