「くらし」の視点をいっそう深めるために工夫した四点についても少し詳しく述べておきます。
1 「くらしを支える仕組み」
先にも述べましたように、各章のほぼ最後に「くらしを支える仕組み」という節を置きました。ここでの「くらし」には、衣食住の生活から学校教育、社会教育、医療、福祉、地域の自治組織、消防組、青年団などの年齢集団などを含んでいます。働くこと以外で、明治以降の時代で「くらし」を支えるために必要な要素であり、その担い手を含みます。今までの自治体史でこれらの要素は、たとえば教育としてまとめて叙述されるか、行政の政策として叙述されるか、あるいは医療や福祉のように、そもそもほとんど取り上げられないなど、まとめて取り上げられることがほとんどなかったテーマです。それに対して近現代編では、これらの要素を「くらし」としてまとめて取り上げ、さらに「くらし」にかかわる行政や民間の諸団体、運動などをまとめて検討することで、「くらしを支える仕組み」を議論の対象にすえました。「くらしを支える仕組み」は、行政によるさまざまな働きかけ、学校や養護学校、公民館、病院などの役割、青年団体やPTA、福祉団体などの取り組み、くらしを担う家族や人びとの意向などの諸関係でつくられます。各時代の「くらしの仕組み」を検討することで、小平にくらす人びとが行政や民間の諸団体、運動などとかかわってどのようにくらしてきたのか、その歴史的変遷を明らかにすることができます。各時代の小平におけるくらしの特徴を明らかにするためには、「くらし」の諸相を描くだけでなく、「くらしを支える仕組み」に焦点をあてる必要があると判断したからです。
戦後の一九六〇年代・七〇年代の「くらしを支える仕組み」のなかでは、医療・福祉と公民館の社会教育について比較的詳しく記述しました。小平の福祉は、先ほど述べましたように、戦前・戦後の前提のうえに一九七〇年代になると、行政と民間のそれぞれで特徴のある取り組みがあったからです。社会教育は小平の急速な郊外化の進展とかかわっています。一九六〇・七〇年代に多くの人が小平に移り住んできており、それらの人びとが小平に定着するうえで、社会教育は大事な役割を果たしています。
2 小平に刻まれた人びとの足跡を描く
本書では、小平地域に刻まれた人びとの足跡をしっかり叙述することにしました。近年、個人情報保護とのかかわりで、自治体史では、たとえば公職についた人以外は固有名詞を記載しない傾向がでています。自治体史において、公職につかなかった人びとの固有名詞をすべて記述する必要はもちろんありません。しかし、「くらし」や「福祉」に焦点を合わせて地域の歴史をたどるとき、公職につかなかったとしても、「くらし」や「福祉」にかかわる重要な役割を担った人びとが必ず存在します。あるいは、歴史の断片であったとしても、小平の重要な歴史に登場する人びとがいます。地域に刻まれた人びとの足跡を描くうえで、固有名詞は歴史のリアリティにかかわる重要な事柄です。本書では、固有名詞の必要性をしっかり確認したうえで、小平の歴史を理解するうえで大事な足跡をリアリティをもって描くことにします。
小平に刻まれた人びとの足跡を描くために、近現代編では文字史料と並んで聞き取りも活用し、文字史料と聞き取りのバランスをとった叙述につとめました。先に述べましたように、近現代編では、行政文書とともに、広く民間の史料収集につとめました。小平の人びとの足跡を明らかにするうえで、これらの史料収集が大変役に立ちました。
近現代の人びとの多様な活動や経験を叙述するうえで、聞き取りは近年、大変に注目されている方法です。文字を直接残すことがない人びとや経験があり、そのことも含めて歴史を考える必要が認められてきたからです。聞き取りは市民が歴史を学ぶ方法としても注目されており、市民の団体や自治体によって聞き書き集が発刊されています。小平市では、一九七〇年代以降、市民の団体によって、くらしや仕事、戦争経験などをめぐり、たくさんの聞き取りがおこなわれ、記録されています。近現代編では、文字史料と聞き取りのバランスをとった叙述に留意し、聞き取りについては事実関係をできるだけ確認しつつ、聞き取りをまじえて小平に刻まれた人びとの足跡をたどります。
3 地域の歴史意識(自己認識)をたどる
今までの自治体史では、地域でおきた歴史上の取り組みや出来事を明らかにすることがもっぱらでした。しかし、地域の歴史にとっては、出来事だけでなく、地域の人びとがみずからの地域をどのように認識してきたのかという地域の自己認識の歴史を明らかにすることが大事な作業としてあるように思われます。地域の人びとの自己認識は地域の自画像です。歴史には「温故知新」という側面があります。過去をたずねて、新しい知識を得ることです。地域の人びとが「温故知新」として自治体史を読む場合には、地域の自己認識(自画像)から大事なヒントを得ることがあるのではないでしょうか。地域の自画像の歴史を叙述することは、地域の将来を考えるためにも必要なことです。
小平の場合、地域における歴史意識(自己認識)が議論されるようになるきっかけとして、一九五九年発刊の『小平町誌』が大きな意味をもちました。近現代編の第五章から第八章には、地域の歴史意識にかかわる節を必ず設け、『小平町誌』以降の地域の歴史意識にかかわる取り組みを検討しました。小平郷土研究会や教員の郷土研究、小学校社会科副読本『わたしたちの小平』、校歌、鈴木ばやし、市民まつり、中学校社会科副読本『私たちの小平』、子ども文庫、図書館、小平市玉川上水を守る会、小平民話の会、小平ふるさと物語部会、小平ききがきの会、平和のための戦争展などについて系統的に検討し、一九五〇年代から現在に至るまで、小平の歴史意識がどのように変遷してきたのかを明らかにしました。
たとえば、前述の聞き取りです。聞き取りは小平で文字を残さなかった人びとの声を刻んだものであるとともに、それらの声に耳を傾けた小平市民が多数いたことも示しています。小平の聞き取りの記録のなかに、小平市民の歴史意識を考える大事な示唆が含まれています。
これらの取り組みの変遷から私たちは、小平における自己認識(自画像)の歴史的な推移と現在を知ることができます。そこには小平の市民が紆余曲折を経て歴史意識を定着させていく過程が映し出されています。ぜひ読んでください。
4 「移動」の視点
今までの自治体史は、自治体の域内にくらす人びとや諸団体、土地、自然などを対象にしてきました。これらを対象にすることは、もちろん必要なことですが、そのことから、自治体史では「定着」の視点が当然となり、「移動」を視野に含むことが難しくなりました。しかし、いうまでもなく、戦前・戦時の時代には、兵隊や軍需工場への労働力動員などによって、小平の人びとは村外に移動したのであり、逆に学園開発から戦時開発に至る過程では、村外から多くの人びとが小平に訪れることになりました。戦後の小平も郊外化が進むことで人口が急激に増加し、市外から大学や病院などに通う人も多くなりました。「移動」には「定住型」と「滞在型」があります。近現代編では、第四章と第六章に「移動と生活圏」の節を設け、ふたつのタイプの「移動」に気をつけながら、戦前と戦後の「移動」の特徴について長期的な視点から検討しました。