編さん過程では、町民参加を呼びかけ、町民の意見を聞き、批判を受け入れている。その一つが「中間報告会」であった。たとえば「編・章・節」の目次案ができあがると町民参加による検討会(一九五六年六月二八日、於明治大学)を開く一方、中間発表の草稿冊子(『小平町誌中間報告』三編、一九五七年二月・四月・八月・八月)をつくり、読み合わせ会を地区ごとに開き、意見を聞きながら、よりよい町誌をめざした。たとえば、小川愛次郎の小川町長宛てのメモ「(昨日の明大委員会の感想ニ付書状)」)には、「教育などの重要事項」を本編からはずし、「附編」に押しやったことに町民が不満を持ったと記されているが、刊行された『小平町誌』には、その意見を受け入れ、教育は本編の「第三編第七章」に収録された。