こうして成功した工場誘致によって、町の財源はどのように変化したのであろうか。大工場の進出で町の歳入に大きな影響があるものとして、人口増加による町民税の個人税収と法人税収、土地家屋と償却資産をあわせた固定資産税収、そして寄付金などがあげられる。一九六〇年の小平町予算特別委員会審査報告書によれば、同年の歳入について、人口を一五%増、町税税収を三五%増と見込んで予算を算出している。人口増加率に比べて二倍以上の増加率を想定する町税税収について、その要因を「これは一に大口法人」の獲得だと述べている(「会議録 昭和三十五年」)。
一方、「日立製作所においては下水道をやるのに三千何百万円をだし、黒龍から八百万円をそのまま町に寄贈している」(「会議録 昭和三十五年」)といったように、各企業から多額の寄付が寄せられた。こうした寄付金は、下水道や道路整備をはじめとする小平町の社会資本整備にあてられた。
なかでもブリヂストンタイヤからは、水道や排水路の整備のほか、信号機設置や学校校舎建設への寄付を得た。それまで小平町内の道路には信号機がなかった。工場の進出が進み、道路も整備されるなかで、自動車交通量の増加とそれにともなう危険も顕在化してきていた。小平町では寄付金を受けて、一九五八年と五九年に信号機を二機ずつ、東京都公安委員会の意見を参考に設置する。一九六一年二月に竣工して寄贈された小平第六小学校は、町立の小中学校でははじめての鉄筋コンクリートづくりの校舎であった。また翌年七月、同校はプールの寄贈を受ける。これも町立の小中学校ではじめてのものだった。
図5-21 開校直前の小平第六小学校校舎 1961年1月
小平第六小学校所蔵
一方、こうした工場誘致による社会資本整備の進め方、町づくりに対して、町議会では町内が不均衡に発展してしまう危険性をたびたび議論するようになる。ブリヂストンタイヤが寄贈する小学校は最新の施設で、近い将来同社から学校給食施設の提供も計画されている。小平第六小学校だけが突出して充実した教育環境を有しているのに対し、他の小学校では図書室やピアノもなく、普通教室の確保だけでほかに手が回らない状況であった。町の教育費の厳しい支出状況では小平第六小学校のような充実した施設を建設することはできず、町内の学校教育の均質性を保つことが困難となった。