歴史意識・地域意識の形成にかかわったのは、それまで小平に住んでいた人たちに加えて、小中高校の教員、高校生・大学生、地域の人びと、図書館やこども文庫などに携わる人びとである。小平の半世紀は人口流入の時期であり、玉川上水を守る会やこども文庫、読み聞かせの担い手を想定すれば、この半世紀の歴史意識・地域意識の形成にかかわったのは、それまで小平に住んでいた人たちだけでなく、小平に新しく移り住んできた市民が重要な役割を果たしたように思われる。小平市外からたくさんの人たちが流入してきた小平の半世紀は、同時に小平に移り住んだ市民が小平についての歴史意識や地域意識を育てる過程でもあったのである。
小平での歴史意識・地域意識にかかわる取り組みは、次のような活動に支えられている。「聞く」(地域の歴史や文化、人びとの経験を聞く)、「調べる」(高校生・大学生の調査活動、音の調査など)、「叙述する」(副読本、校歌、小中学校の年誌など)、「伝える」(読み聞かせ、戦争展など)、「保存する」(鈴木ばやし、芸能、遺跡、古文書など)。実に多様な方法で歴史意識や地域意識が育まれていることがわかるだろう。
これらの活動をつうじて小平の歴史意識・地域意識は、次の二つの成果を得ている。一つは、地域の価値の再発見である。再発見の代表例は玉川上水である。一九七〇年代、玉川上水を守る会は玉川上水の価値を再発見し、「何も加えない」保存を提唱する。当時は、「開発」の考えがまだまだ強かった時代であり、提唱はすぐに受け入れられたわけではなかったが、やがて受け入れられ、現在に至る玉川上水の保存の流れをかたちづくることになる。自治基本条例の前文でうたう玉川上水にも紆余曲折の歴史があったことを明記しておきたい。一つひとつの聞き取りや鈴木ばやしの保存、古文書の編さん、小中学校の記念誌の編集のなかに地域の歴史と文化の再発見がある。それらが積み重なり、小平の歴史意識・地域意識がかたちづくられている。
図8-18 『玉川上水』20周年記念特集号 1994年
もう一つは豊かな経験に学ぶということである。玉川上水を守る会以来、小平市では各所で聞き取りが重ねられてきた。小平の人びとの経験に学ぶ、そこから歴史と文化の再発見が導かれた。人びとの経験の範囲は小平市内にとどまらない。「移動と生活圏」を記した本書の二つの節が明らかにしたように、戦前・戦後の小平の人たちの行動範囲は想像以上に広い。戦前は大日本帝国の膨張に沿い、戦争の拡大に沿うように、小平の人びとの移動もアジアの各地におよび、それが人びとの経験になった。戦後は郊外化による住宅都市のひろがりのなかで、人びとは小平市周辺や二三区と交流を重ね、それが経験になった。小平の人びとの経験はアジアや市外にもおよんでいたことをふまえて経験から学ぶ必要がある。
経験には戦争のように苦いものもある。「小平・ききがきの会」や「平和のための戦争展・小平」では、苦い経験も含めて聞き取りがおこなわれている。経験は苦い場合を含めて学ぶ必要がある。そこから戦争の時代がようやく理解できる。苦い経験も含めて経験に学ぶ取り組みが小平の各所でおこなわれている。小平では、こうして半世紀にわたり、地域の価値を再発見し、人びとの経験に学びながら、時間をかけて歴史意識・地域意識が育まれてきた。
市制施行五〇周年を期して小平市は市民中心の自治基本条例を策定した。半世紀の時間はまた、小平の市民が新しい歴史意識・地域意識を形成する過程でもあった。その背後には、近現代の一世紀半の歴史があり、「改良」「開発」から「福祉」へと至った歴史があり、福祉を軸にしたまちづくりの経験があった。一世紀半の近現代の歴史、あるいは半世紀の市の歴史をつうじて、小平は「歴史をそなえた都市」に育ってきている。それは到達点であるとともに、「新しい小平」への出発点でもある。