小平市史編さん事業は、二〇〇八(平成二〇)年一〇月にスタートした。事業開始以来、四年半を経た二〇一三年三月末に近現代編を予定どおりに刊行できる運びとなった。ここでは、近現代編の刊行に至る四年半を振り返り、小平市史編さん事業における近現代の取り組みについて簡略な記録を残しておきたい。
小平市史編さん事業は、出発にあたり、「小平市史編さん基本方針」を確認している。そのなかに「事業方針」が七項目ある。近現代の編さんにあたって、まず取り組む必要があったのは、第一項と第二項であった。第一項には、「内容の充実した市史を目指すため、必要な資料や情報を収集し、調査・研究を進める」とあり、第二項には、「調査研究の成果は、史料集及び市史研究等として刊行する」とある。
小平市史の通史編は、「地理・考古・民俗編」「近世編」「近現代編」の三編で構成される。このうち、同じ歴史分野の近世編と近現代編は、編さん事業の開始にあたり、事情が異なっていた。今回の小平市史に先立ち、小平の歴史や民俗を記述した刊行物として、『小平町誌』(一九五九年)がある。『小平町誌』の近世では新田開発としての小平の出発が詳細に検討され、その後の小平近世史研究の基礎を築いた。『小平町誌』以降、小平市中央図書館では、近世史料の史料集や目録づくりに多くの成果をあげている(小平市中央図書館『小平市史料集』や同『小川家文書』など)。それに対して、小平市中央図書館による小平の近現代の史料編集はごくわずかである(小平市中央図書館『多摩東京移管前史資料展史料集』など)。「事業方針」第二項にあるように、「調査研究の成果」を「史料集」として刊行することが近現代の重要な課題としてあった。
小平市史編さん事業では、二〇〇九年度から二〇一一年度の三年間にわたり、史料集を五集発刊する予定が組まれ、すべて近現代で発刊する予定になっていた。
近現代に関係する編さん委員は三名(梅田定宏、大岡聡、大門正克)、調査専門委員は三名(杉本仁、鈴木理彦、三野行徳)である。この六名で近現代部会をつくり、調査研究と史料集発刊の打合せを重ねた。調査については、行政文書をはじめ、市内の近現代にかんする史料について悉皆(しっかい)調査を心がけ、『小平町誌』で対象にしていなかった一九六〇年代以降についても精力的な調査を続けた。
調査研究での成果をもとに、二〇〇九年度から二〇一一年度の三年間に、『小平市史料集 近現代編』として、史料集を五集刊行することができた。第一集『小平村議会会議録』(上下巻)、第二集『小平町議会会議録』、第三集『小平市関連新聞記事集』(上下巻)、第四集『小平市の市民生活』、第五集『小平の近現代基礎史料』である。第一集から第三集までは、小平の近現代にかんするまとまった基礎史料であり、一九〇一年から一九四三年までの「村会会議録」と一九四四年から一九五一年までの「町(議)会会議録」、一九二六年から一九六〇年までの新聞記事集を編集した。今後の小平の近現代の研究に、必ず役に立つ史料集である。第四集は、今までまとまった史料集がまったくなかった一九六〇年代から一九八〇年代半ばまでの市民生活にかんするものである。以上の史料集発刊をふまえ、第五集では、通史編である近現代編の刊行を見通しつつ、近現代編の目次構成に近い構成をつくって重要な史料を配列した。わずか三年間に全五集(全七冊)の史料集を発刊することは、正直、きわめて大変だったが、これらの史料集の編集が近現代編の刊行の基礎になった。
近現代部会の調査研究の成果は、毎年一回刊行される『小平の歴史を拓く―市史研究―』に発表してきた。二〇一三年三月発刊予定の第五号までに、近現代にかんする主立った成果として、論文一本、研究報告七本、調査報告一本が掲載されている。
史料集の発刊と市史研究への成果発表に加え、近現代編の編さんの一つの画期になったのは、二〇一〇年一〇月に近世部会と近現代部会で開催した合同部会「小平市域の近世・近現代の移行期をどう考えるか」である(合同部会の記録は、『市史研究』第三号、二〇一一年三月、に掲載されている)。
当日は、近世と近現代から三本の報告がおこなわれ、小平の近世から近現代への移行をめぐって意見交換をした。その後の近現代部会での議論を含め、小平の明治期の史料には、「改良」や「改良進歩」という言葉が頻繁に出てくることに気づき、小平の近代を理解する重要なキーワードではないかと考えるようになった。それまでの小平の歴史といえば、近世新田村の開発と、学園開発、戦後の郊外開発というように、「開発」の歴史が大きくクローズアップされていた。小平の近現代の歴史は、本当に「開発」だけなのか、それに加えて「改良」もあるのではないか、収集した史料を再検討し、議論を重ねる近現代部会が何度も開かれた。
近現代部会でもっとも緊密に議論したのは二〇一一年度だった。一か月にほぼ一回ずつ、規則正しく部会を開いた。明治期以外の史料の調査研究が進み、小平の近現代の歴史全体をめぐる議論を積み重ねるなかで、近現代編全体を貫くキーワードとして「改良」「開発」「福祉」の三つがあり、各時代で「くらしを支える仕組み」を考える必要があるとする近現代編の大きな柱が定まってきた。そして二〇一二年一月頃には、この本の目次構成の概要をつくることができた。近現代部会ではその後も議論を続け、近現代編執筆後の二〇一二年一二月まで、史料や時代の理解をめぐる意見交換を重ねた。もしこの本にあるまとまりがあるとすれば、それは近現代部会が緊密な議論を続け、つねに議論を共有してきたからである。
近現代編の発刊にあたっては、何よりも、小平市内外の多くの方々に史料調査や聞き書きで大変にお世話になった。史料や聞き書きで協力してくださった方々がいなければ、近現代編を刊行することはできなかった。深く感謝申し上げたい。小平の市民の方々は、一九七〇年代以降、聞き書きの記録や民話の採集、民間の活動を伝える機関誌などを蓄積してきた。これらから学ぶことがたくさんあった。お礼を申し上げたい。小平市史編さん委員会の他分野の委員の方々にも教えられることが多かった。小平市史編さん室で事務を担当してくださった小平市職員の方々と、史料の整理に協力してくれた調査補助員の方々にも深くお礼を述べたい。これらの方々の協力のもとに、この本は発刊された。
私たち近現代部会の委員は、この近現代編について、ぜひ多くの方々が手にとり、読んでいただきたいと思う。小平の近現代の歴史をたどり、小平の将来を考える一助にしていただければと思う。
小平市史編さん委員の任期は、二〇一三年三月までであるが、小平市史はこれで終わりではない。今後のこととして、とくに重要なのは、先の「小平市史編さん基本方針」のなかの「事業方針」の第六項である。第六項には、「事業のために収集した資料や成果を効果的に活用し、記録資料の有効利用を図るために、完成後の調査研究の在り方について研究する」とあるように、収集した資料の「効果的な活用」「有効利用」が明記されている。これは、小平市史編さん事業で収集した史料の保存・活用にかんすることであり、編さん事業の出発点にあたり、史料の保存・活用が「基本方針」に明記されていることの意味は大きい。小平市史の編さん事業は、当初から史料の保存・活用を視野に入れていたからである。
近現代部会は、四年半のあいだに膨大な史料を調査・収集し、整理・研究・編集してきた。これらの史料調査と整理・研究なしに近現代編の編集は不可能であった。あるいはまた、これらの膨大な史料をふまえてはじめて、「改良」「開発」「福祉」を柱とする小平の近現代の歴史の骨格を把握することができた。
近現代の調査研究で収集した史料はまちがいなく小平の財産である。近現代編だけでなく、収集した史料のなかに、今後の小平を考えるヒントやきっかけがたくさんつまっているはずである。今後は、「小平市史編さん基本方針」のなかの「事業方針」第六項にもとづき、市民の方々が近現代部会の収集した史料を閲覧できる態勢を整えていただきたい。第八章の最後には、「小平は『歴史をそなえた都市』に育ってきている」と書いた。「歴史をそなえた都市」にふさわしく、小平市では史料の保存と活用が有効になされるようにぜひ希望したい。
二〇一三(平成二五)年三月
近現代編 監修
大門正克