病気

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元号年月日事項文
天和2年1682この年奇病が流行し、人が多く死んだ。カラカキ病と名づける。
享保7年1722春以来オシャラク病が流行し、酒田でおよそ3000人の死亡者がでる。悪性インフルエンザか。
寛政2年1790夏から秋にかけて全国的に赤痢に似た流行病がはやり、伊藤維恭はその治療に当り、効を奏する。
天保4年1833庄内に傷寒が流行する。酒田は最も甚しく、死者が多く出、棺屋では2千個の棺を売りつくしたという。
安政6年18598月暴瀉病(コレラ)が酒田で大流行し、それより庄内各地に広がる。(荘内史年表)
万延元年18603月から5月にかけて、コレラによる死亡者多くなる。疱瘡・麻疹流行、いずれも重い。
文久2年18624月から6月にかけて酒田で麻疹が流行し、船場町で184人、酒田中で646人がかかる。死亡者が多くて、盆踊りに出るものが少なかったという。(余目町史資料一)
慶応元年18655月疱瘡が流行し、酒田で1,200人が死亡する。
明治11年18788月飛島にコレラが発生する。
明治12年18797月26日飛島よりコレラが移り、大流行。飽海郡内の罹患者、430人。うち死亡者273人。10月30日に至ってようやく治まる。8月大浜に避病院をたてる。病死者を北千松境に葬り、コレラ山と称する。(飽海郡衛生誌)
明治14年18817月19日コレラが発生し大流行する。飽海郡罹患者494人、うち死亡39人を出す。(飽海郡衛生誌)
明治15年18828月新町からコレラが発生し庄内一帯に大流行する。(荘内史年表)
明治16年18837月コレラが流行する。
明治19年18868月コレラが大流行し、死亡者三百余名を出す。(咄しの種瓢)
9月腸チフスが流行する。
明治28年1895コレラが大流行する。
昭和9年19341月~3月県内各地に流行性感冒が蔓延、酒田で1,673名の患者が発生、うち2名が死亡する。
昭和23年19488月県下に日本脳炎が蔓延し、庄内地方で罹患者21人、死亡者8人を出す。