元禄7年(1694)

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元禄7年16947月本間家で土蔵を建築する。(市史史料篇五)
この頃最上川船路は山形および村山を商圏として、山辺・吉原までさかのぼるほどになる。
船町が須川上流の運送方停止を幕府に願い出る。幕府では巡見使下向の結果、同10年12月14日付の判決書をもって運送の自由を許す。
元禄7、8年頃の山形藩の課税は次のとおりである。 紅花役(177両1歩870文)、同駄数(473駄12貫匁)、青苧役(207両734文)、同駄数(1.036駄)、煙草切(76貫600文)、八日町分役(37貫26文)、色々役(82両3歩305文)、総計(490両3歩409文)。