正徳2年(1712)

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正徳2年17121月亀ヶ崎の足軽家屋が大雪のためうずまり、50人で掘り出す。
3月15日~16日大水。新堀村内は船で交通する。門田と西野の間は一面の水となる。西野屋敷へは水が上らない。(余目西野肝煎伊藤家記)水害
4月庭米の徴収を禁ずる。
8月20日最上川の水があふれる。水害
9月15日下の山王社を現境内に替地し修造する。このとき東禅寺(上)山王宮をも南殿に勧請し、酒田全町の大祭礼とし、ますます盛大な神事となる。
羽州寒河江の藤内・市之丞らが、本楯(旧寒河江)に新河岸を設け、最上川による天領米の酒田までの輸送を七俵の運賃を二俵値下げして五俵で請負いたいと幕府に願いでる。