正徳3年(1713)

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正徳3年17135月酒田沖之口御停止。(菖蒲年代記)
7月18日廿六木村より御城米を酒田で渡し切にされたい旨を願い出る。(廿六木文書)
内陸の天領諸藩の廻米で最上川を下した総量の見積りは、合計21万1千俵余。そのうち天領の城米は、長瀞領・滲山領分が5万3千俵余。内陸諸藩分は山形藩の7万4~5千俵、米沢藩2万7千俵、上ノ山藩2万5~6千俵、その他新庄藩、白河藩東根領、松山藩左沢領の廻米が下される。(大石田二藤部文書)
堀切に初めて家づくりが始まる。
この夏諸国米高値、酒田への入湊船が多い。
大信寺の過去帳によるとこの年の3月12日、1500石位の大船の遭難があったらしく16名の法名が記されている。