延享元年(1744)

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延享元年17441月16日箒星が昨年暮より出現し、この夜に至ってもなお東方に見える。
御米置場普請を川北三組に命じられる。(酒田港誌)
7月12日~13日大風雨となり庄内地方大洪水。水害
9月3日林昌寺から出火して寺町・上内匠町など百余戸を焼く。火事
9月遊行上人が米酒する。
十王堂町(現二番町)子安地蔵に子安大権現の称を贈られ、子安山姓生寺と改める。(市史史料篇一)
11月船場町松前善吉船への見舞の小船が宮野浦で転覆し、今町政右衛門下女かん等6名が水死する。(市史史料篇一)
山王堂町の稲荷神社を比叡山から勧請する。
四世伊東見龍が『医学啓蒙』を刊行する。
俳人大島蓼太が来酒する。伊東見龍とあい、「不玉叟独吟歌仙」を筆写ののち「秋の夜」に発表する。(鶴岡平田家俳書解題目録)