明和6年(1769)

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明和6年17691月28日檜物町から出火して360戸を焼く。潰家28戸を出す。(荘内歴史年表)火事
2月町奉行金井男四郎が町制度覚書を幕府巡見使に差出す。
4月4日本間家新築の家屋を巡見使宿に定められる。(市史史料篇五)
4月10日大物忌神社の神官進藤重記が没する。60歳。『出羽風土略記』その他著書が多い。
6月24日最上川及び日向川洪水。(松嶺町史年表)水害
6月12人乗の摂州船が酒田湊で洪水のため端舟が流され水主3人が水死する。(市史史料篇四)
光丘が瑞賢倉を修築する。
曽根原魯卿が病気のため学業なかばで京都の片山塾から帰郷し、医を開業する。
この頃、酒田には33軒の油屋があり、大工・鍛冶・桶屋の職人を除けば、酒屋の20軒をはるかに引離している。