文化9年(1812)

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文化9年18121月田畑質入の時は、代官役所で吟味検印することにきまる。
4月幕府より家中に対し奢侈を戒める布告が発せられる。(荘内歴史年表)
6月中老白井矢太夫が没する。60歳。藩政改革、民政文教の功労者。(上に同じ)
8月町奉行が火防のため町民にさとし瓦または木羽による屋根の葺替を行わせる。
倹約令が出される。
8月湯殿山注連寺の行者鐵門海が加茂坂の新道開さくを企てる。(荘内歴史年表)
9月18日前藩主酒井忠徳が没する。58歳。
月は千世すみこそまされ最上川水もたまらずはやきながれに(本間家拝領)
9月本間光道が藩主の諮問に応じ、酒田湊商況不振に関する意見書を出す。
光道が店名の正五郎を正七郎と改称する。
医師風間国鸞(東美)が没する。酒田に生まれ、江戸及び京都で医学を学びのち帰郷して大工町に医を開業する。数十年にわたって酒田町医会の会頭をつとめる。