文化11年(1814)

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文化11年18142月白崎五右衛門一恭が自費で市内各戸に尿桶を配置し、また糞便を肥料として売却し、利益を消防費に当てる。
7月大風で瀬取御用船6隻が破船し、6隻が大痛みする。(市史史料篇三)
鐵門海上人が海向寺住職となり、同寺を再建する。その後、明治27年の庄内地震で倒壊したが、火災がおきなかったため、そのまま建てなおす。鐵門海が粟島で光を放つ霊石を感応し、水月観音(粟島観音)として境内にまつる。
鐙屋家十二代当主惣右衛門重昌が鐙屋家のことを伝える「家の記」を書く。
本間正七郎より100貫文を借用して、山王祭礼の笠鉾を再興する。(市史史料篇一)
大平に御試馬牧場がつくられ、庄内牧場の始まりとなる。(大泉掌故)