元号年 | 年 | 月日 | 事項文 | キーワード |
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文政2年 | 1819 | 2月 | 二千日山籠木食行者鉄門海上人が西野村に湯殿山碑を立てる。(西小野方用留帳・同碑) | |
| | 4月 | 酒井忠器が白井弥平に命じ、遊佐郷に養蚕館を設置する。(荘内歴史年表) | |
| | 7月9日 | 僧黙淵金龍が没する。50歳。能登総持寺門前町穴水に生まれ、9歳のとき、持地院の斗山固胤に伴われて酒田にくる。固胤や戒光に師事し詩文に長ずる。手蔵田長淵寺・新田目梵照寺を経て青原寺二十六世となり、庄内の道元禅師と称される。総持寺輪番をつとめる。漢詩『樗山詩偈集』がある。升川永泉寺のかたわらに滝泉庵をたてて隠棲し、幕末に佐藤藤佐・佐藤政養・佐藤泰然等の人傑が輩出する遠因となる。平津の帝立寺に墓がある。 | |
| | 7月 | 戸籍人別帳は、子午の年に新帳を調製し、その間五ヵ年は張替で改め、また毎年6月に改めるべきことが達せられる。(酒田町史年表稿) | |
| | 9月 | 内町・米屋町両組の大庄屋、佐竹伊三郎が停年となり、鐙谷惣右衛門が両組御用取扱となる。 | |
| | | 笠屋町を新鍛冶町と改称する。 | |
| | | 第四世大森宗震が羽州に茶道を伝え、玉川遠州流酒田系譜が成立する。 | |
| | | 寺社門前住宅の者並びに名子(借地人)を町支配とし、一人10文ずつ、ほかに盆暮に一軒より75文ずつ納めさせることを決める。 | |