明治33年(1900)

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明治33年19006月浜中が大火となり96戸を焼く。火事
浜中で海岸砂防工事が始まる。
8月10日女子教育の功労者、小川宮子が没する。77歳。宮子は幕臣希道の未亡人。明治5年宮野浦に塾を開いて子弟を教育し、8年4月、酒田操松学校に轉じ、専ら女子教育に従事する。のち山形師範に栄轉し、同15年辞して、栃木県大田原に閑居する。昭和6年12月、酒田当時の学生等相諮り、林昌寺境内に「報恩小川宮子先生碑」を建て師恩にむくいる。市原香邨撰並書。(酒田港誌)
8月学習院中等科時代の志賀直哉が、黒木為楨陸軍大将の長男、黒木三次と二人で来酒し、伝馬町角の三浦屋に泊る。「酒田は賑やかな町だった。宿屋も清潔で気持がよかったが、夕飯を済まし、散歩に出ようとすると、若い番頭が急いで出て来て「今夜、お帰りになりますか」と訊いた。」(山荘雑話)
11月酒田・函館音響単信回線が開通する。当時、東北では仙台・青森・酒田の三局のみが函館線を持っていて酒田局の意気は盛んであった。
農会法の施行に併い、郡町村農会の設立が続く。(庄内経済連年表)