昭和62年(1987)

年号選択
 
元号年月日事項文キーワード
昭和62年19871月市立酒田病院増改築工事を始める。総工事費19億4,800万円。
2月3日歌人、齊藤勇が没する。法政大卒。長年、教育者及び歌人として活躍する。「日本短歌」編集長。昭和21年12月『黄鶏』を主宰発刊。各高等学校長を歴任・樗牛賞・茂吉文化賞を受ける。著書『マカイ博士の業績』『雪をんな』『母川回帰』『見えざる人』他。
2月8日中国唐山市考察団が来酒する。
2月9日日吉町でガス爆発事故がおきる。
2月14日大町土地区画整理組合事業が竣工する。
2月20日『酒田市白鳥を愛する会十年のあゆみ』を発刊する。編集、酒田市白鳥を愛する会。
3月17日山木恭一・佐藤克博が伊藤農業賞を受賞する。
3月27日精神薄弱者更生施設として光風学園が竣工する。
3月27日船場町に酒田市民健康センター・酒田市夜間急病診療所が竣工する。
3月酒田工業高等学校に「あざみ会館」が完成する。
4月1日酒田駅前と境興野を結ぶ1日往復計10便の市営バスが開通する。
4月市議会議員定数削減後初めての選挙で32名が当選する。市長に相馬大作が五選される。
4月中央高校へ外国人英語講師、リン・M・スタフォードが着任する。
4月日本貨物鉄道株式会社新潟支店酒田港駅がスタートする。
4月学校法人天真林昌学園は解散し、新たに学校法人瑞穂学園となり、酒田短期大学と酒田保育専門学校を継承する。理事長穂坂邦夫、学長難波田春夫。
5月佐藤親次郎が第22代市議会議長となる。
5月27日亀ヶ崎土地区画整理組合事業が竣工する。
6月1日医師、本間誠が没する。67歳。山手の本間といわれた本間友治郎の二男として生まれる。金沢大学医学部卒。昭和24年10月まで公立酒田病院に勤め、同年北千日堂前で本間診療所を開業、昭和34年、下中町に本間病院を設立する。農婦病の調査をする。本間病院療養者の中から戦後の酒田文学は芽生えたといってよい。政治革新のために尽す。剣道五段、都山流尺八奥伝、楽焼や美術等にも活躍、多彩な才能を展開した。
6月『わが将棋人生』が発刊される。著者、原田幸吉。
7月10日酒田市立中央高校同窓会館が竣工する。
7月25日本町郵便局新局舎が竣工する。
7月31日ソ連、ジェレズノゴルスク・イリムスキー市文化使節団が来酒する。
7月第1回酒田あじさい祭りが土門拳記念館庭園で開催される。
7月株式会社ワイ・エス・デイが操業開始する。
8月14日酒田市文化使節団(酒田フィルハーモニー管弦楽団)がソ連を訪問する。
8月20日庄内空港設置が許可される。
8月『庄内藩事件史』が発刊される。著者、佐藤三郎。
9月1日酒田中央ロータリークラブが設立する。会長丸市完治・会員21名。
9月19日南極観測船砕氷艦「しらせ」が酒田港へ入港する。
9月『槐花と文明短歌』が発刊される。著者、岸田隆。
10月2日『庄内石仏紀行』が発刊される。著者、荘司芳雄。
10月4日名誉市民に加藤千恵、特別名誉市民に故前田巌が推される。
10月31日庄内電子工業株式会社が操業開始する。
10月31日斎藤邦明が高山樗牛賞を受賞する。
10月31日『生きた証しに』が発行される。著者、鈴木鐵雄。
11月3日佐藤栄一が産業振興の功により黄綬褒章を受ける。
11月6日新飛島診療所がオープンする。
11月18日光ヶ丘、吉田新田線の立体交差の「泉陸橋」が開通する。
11月国道345号線酒田市区域内改良工事が完成する。
12月28日招魂社境内入口に伊藤吉之助・小倉金之助の歌碑がたてられる。
12月和嶋茂男が第16代商工会議所会頭となる。
飛島地区あわび養殖場が竣工する。