大日本四神全図
(ダイニホンシシンゼンズ)
橋本玉蘭齋(1807~?)は幕末から明治初期にかけて活躍した歌川派の浮世絵師で、五雲亭貞秀、歌川貞秀とも称されている。新しい西洋文化でにぎわう横浜の様子を描いた「横浜絵」や、鳥瞰による風景画を描いて人気を博した。また、全国各地をまわって名所を描いており、当文庫所蔵の「出羽庄内酒田風景」もそのひとつである。一方で地理に関心を持ち、「大日本四神図」などの様々な地図を制作した。この地図は日本地図のまわりに港町や名所の絵を付けており、鳥瞰図を得意とした貞秀らしい地図である。四神とは天の四方の方角をつかさどる神、東は青竜(せいりょう)、西は白虎(びゃっこ)、南は朱雀(すざく)、北は玄武(げんぶ)のこと。
酒田港全図
(サカタミナトゼンズ)
明治初期の酒田を示す地図であり、震災前のまちの様子を示しているという意味でも貴重なものである。商業高校の場所には明治27年の震災で焼失した「イロハ蔵」があるほか、八雲神社南側の道路はまだなく、八雲神社境内を削る形で祖父山側と外野町をつなぐ道路ができるのは鉄道が開通する30年後の大正初期である。
山形県酒田市街全図
(ヤマガタケンサカタシガイゼンズ)
明治27年10月22日の震災によって中心部が焼失する前の街並みを示す地図。この地図は「酒田新聞」の前身である「酒田商業新報」第186号の付録であるが、同紙は2日分しか現存しておらず、発行号数から明治26年頃のものと推測される。興味深いのが黒い丸で表示されている場所で、酒田商業新報社で設置した投書箱が市内に計8か所あったことを示している。
酒田街震災実査図
(サカタマチシンサイジッサズ)
震災の被害範囲を示すために発行されたうちの1枚。このほかにも市販されたと思われる2種類(「酒田震災一覧」(光丘文庫蔵)、「酒田全図震災一覧」(市立資料館蔵))の被害図の存在が知られている。