仝弐日 木曜日 曇天

現代語訳へ


来訪者
朝ねむたい目をこすりこすり起きたるに
梢端に転づる小雀の声いとおかしく妾の
おそく起きたるを、あさむくやうに感じぬ
いとも恥かしかりしか
山形赤十字社に参り至りし姪、暑中休
暇にて帰り色々の話をなし、或は楽しみ
或は悲しみ、いともおかしかりけり
それより母上を初じめ姉と姪と共に
アハシマ神社に参詣す、それより日和山に参
り遠く袖浦をかけて、あらなみにおぼ
ろ月影おもしろく白銀の白波にうつし
最上川には拾も水鳥の浮ぶが如く此亦
かしこに白帆かけたる船うちさまよふ、神社
の方には蛍火のかがやくが如くきらきら
物売りの燈火ああ、たのもしき日、宵の夜
たれしも此の風光に接すなは深き思い
に沈まざるものあるべきや、古語にも曰く
月み見れば千々に物こそかなしけれ、と
されど世のあはれは常に其ならいとか、されば
たた徒らに月に泣き風に傷むの時とのみ思は
ず、況してや燈火を親しみ、いやふかく学
びの林に分け入りて、世に立つ二十世紀の婦
人として恥づざる良夫人とあらんこそ望ましけれ
と自れと自が心と約す、又々楽しく家路を
たどり帰りぬ、十時半頃にふす

日和山公園から眺めた酒田港 明治末期写す