常楽寺の金工品

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石部町域に残る平安時代の文化財としては、以上に述べた彫刻群のほか、金工のジャンルにも数点の遺品が知られる。なかでも常楽寺に伝わった錫杖(しゃくじょう)(重文)は名品の名に恥じない優れたものである。
 本品は鋳銅製(ちゅうどうせい)の錫杖頭(しゃくじょうとう)と木製の柄(え)とからなり、頭部高二二・七センチメートル、輪径一二・一センチメートル、柄長三五・五センチメートルの小型の錫杖である。輪は左右各一ケ所に括(くく)りをつけ、輪頂およびその左右に小さな宝塔、輪の中央部の蕨手(わらびで)の上にやや大きい宝塔とその両脇に水瓶を、いずれも雲形(くもがた)の上においている。遊鐶(ゆうかん)は全て欠失する。柄は握りの部分をやや細くし、その上下にふくらみをもたせる。螺鈿(らでん)の文様がほどこされていたが、現在は欠失する。
 錫杖とは鳴器(めいき)の一種であり、山野遊行(さんやゆぎょう)のおりなど、これを鳴らして蛇や虫の害を避けるとされる。しかし本品は柄の短いいわゆる手錫杖(てしゃくじょう)であり、修行のための法具というより楽器としての性格が強いと思われる。貴族仏教の栄えた平安時代には、種々の法会に際して供養のための楽が奏され、あるいはうたわれたが、それに付随して錫杖を鳴らして梵唄(ぼんばい)をとなえるということが僧侶によって行われた。本品のような手錫杖はそうした法会に用いられたものと考えられる。その瀟洒な形体はまさに王朝文化の遺産とよぶにふさわしいが、工芸的かつ繊細にまとまる一方でややおおらかさに欠ける傾向から、平安時代も終わりに近いころの作品とみられる。
 常楽寺にはその他にも平安時代の金工品が伝わる。まず銅製鍍金(どうせいときん)の火舎(かしゃ)であるが、火舎は香をたいて仏を供養するためのもので、蓋と火炉(かろ)とからなる。本品の火炉は鐔形(つばがた)の縁をめぐらすやや浅めのもので、その下部に獅噛形(しがみがた)の鐶座(かんざ)をつける。蓋は宝珠形(ほうじゅがた)のつまみをもち、飛雲文(ひうんもん)の透しをほどこす。制作期は平安後期。
 次に同じく常楽寺の金銅飲食器(こんどうおんじきき)は、全高一五・〇センチメートル、浅い鉢形は裾広がりの高台(こうだい)をつけ、その腰に二条の紐をめぐらす。一個しか現存しないが、本来は二個一対となる。飲食の供物をのせて本尊に献ずるための仏具である。やはり平安後期の作と考えられる。
 このような仏具類の古例の遺存は全国的にみてもそう多くなく、派手さこそないが、石部町が誇るに足る貴重な文化財といわなければならない。

 


写33 常楽寺錫杖(上)・火舎(右)
錫杖は寺伝では良弁の所持という。柄は漆塗で宝相華文のあとがある。杖頭は技巧精妙。