本町域における南北朝期の代表的な彫刻としては、まず常楽寺本堂の本尊秘仏千手観音坐像(せんじゅかんのんざぞう)(重文)がある。カヤ(榧)を材とする寄木造で、素地(きじ)仕上げである。根幹部は前後二材矧とし、適宜に別材を矧(は)ぐ。膝前の厚くかたい衣文表現、表情を押し殺したような面貌(めんぼう)などにより、南北朝時代の作と考えられる。本堂再建勧進状によると、延文五年の火災の際には本尊は救い出されたというが、本像の造立期は本堂再建時とほぼ一致するものといえよう。
吉姫神社の社殿に安置される阿(あ)・吽(うん)一対の狛犬(こまいぬ)は像高約六五センチメートルの彩色像で、ヒノキ材の寄木造だが内刳はおこなわない。阿形(あぎょう)は右前足をやや前に出して首を少し左に振り、吽形(うんぎょう)は左前足を一歩前に出して蹲居する。胸の張りが豊かで、たてがみの彫出にもダイナミズムが感じられ、南北朝時代の作として不自然ではなかろう。
南北朝時代の文化財としては、このほかにも長寿寺文書、吉川家文書などをはじめとする文書群の中にも見出すことができる。しかし本節では現存する美術工芸品を中心とした叙述を目的としており、またそれら文書群に記されているものについてはここではとりあげずにおくこととする。