戦後、水論の抜本的解決策として滋賀県が野洲川ダムの建設をはかるべく、中断していた工事を同二十二年一月に再開することになった。さらに、同年七月以降国家事業として進められることとなった。これにより土山町大河原に建設された有効貯水量七二八万トンのダムと、その関連施設は総工費六億四、〇〇〇万円を投じて同二十六年七月に竣工した。
写192 石部頭首工の建設 昭和29年(1954)当時の頭首工中央固定堰
(栗東町史編さん室所蔵)
貯水池の建設に関連して、頭首工(とうしゅこう)が水口町と石部町に建設された。二つの頭首工は上流の野洲川ダムで調節された水を再度堰止めて、中・下流地域の水田を灌漑するためのものである。石部頭首工は同二十七年七月に起工され、同二十九年八月に完成した。石部頭首工は堤長二一七メートル、堤高四・八メートル、可動水門五九メートル、用水幹線は延長七六、三〇三メートルに及んだ。石部町のほか、栗東町・守山市・野洲町・中主(ちゅうず)町などの下流域が受益地域となっており、水田約二、二〇〇ヘクタールを灌漑している。こうした近代的な灌漑施設が建設されたことによって、野洲川流域の水稲栽培農家は安定的な農業用水を得られるようになった。