(2) アベノミクス

a 三本の矢

 安倍内閣が2013(平成25)年に掲げた経済政策アベノミクスは、当面はデフレ脱却、長期的には経済成長を実現して、日本が経済大国として再興することを目的にしていた。また、その方法は経済活動を企業や地方の自由に任せるのではなく、国家主導の経済改革で経済成長を実現しようとするものだった(柿崎明二(2015)『検証 安倍イズム』岩波書店)。たとえば、首相が賃上げを企業に要請したり(官製春闘)、日銀が国債と投資信託を大量に購入したり(官製相場)することが一時の例外でなく恒常化した。

 アベノミクスは、当初三本の矢という目標を設定した。それは、1)異次元の金融緩和で2年程度までに2%の物価上昇インフレを達成する、日銀が国債や投資信託の購入で市場に資金を流し、貨幣流通量を2倍にする、2)機動的な財政出動、3)民需を喚起する成長戦略(医療、農業、労働などの分野での岩盤規制の打破)によって民間企業の技術革新と設備投資を促し、生産性を向上して景気回復と経済成長を実現するというものだった。


b 新三本の矢

 アベノミクスによって、金融緩和による円安と株高で、輸出企業の収益と株主の資産は増加し、また景気回復で有効求人倍率が上がり失業率が下がって、(少子化と労働力不足も原因で)女性と高齢者の雇用は増加したが、その内容は非正規の不安定雇用が多かった(中野晃一編(2016)『徹底検証 安倍政治』(所収の山家悠紀夫記事))。

 そして、2年経ってもインフレは発生せず、デフレ脱却は展望できず、消費も設備投資も停滞して日本はGDP0~1%成長に低迷する国でありつづけた。先進国のなかで日本だけが実質賃金が上がらず、国民一人当たりの所得は低下し、国民は景気回復を実感できなかった(同上(所収の服部茂幸の記事))。

 それで、安倍内閣は三本の矢が手詰まりとなると、局面を打開するために2015(平成27)年アベノミクスの第2ステージとして、新三本の矢という新たな目標を発表した。新政策では、経済が成長しない原因を労働力不足に求め、少子化対策と労働改革を成長戦略の正面に位置付けた。そして、政策のスローガンを「一億総活躍」による「成長と分配の好循環」とした。新三本の矢は、1)旧三本の矢を含めた強い経済でGDP600兆円を2020(令和2)年に達成する、2)子育て支援で2020年代初頭に国民が希望する出生率1.8を達成する、3)全世代型社会保障(女性活躍、介護離職ゼロなど)の実現という内容だった。そして、2)と3)の具体化として、地方自治体の地方創生事業では子育て支援が重視され、国政では「女性活躍」のための「働き方改革」関連法が制定された。それでも労働力不足は深刻で、2019(令和元)年には「特定技能」という外国人労働者の新たな受け入れ拡大制度が開始された。

 しかし、新三本の矢も、どれも看板倒れか中途半端におわり、子育て支援、成長戦略、働き方改革は後継内閣の課題として残された。


c 結果

 アベノミクスでは、長期の緩やかな景気回復でデフレではない状態になったが、上記の固有の目標はいずれも達成されなかった。2012(平成24)年から10年間の消費物価の平均上昇率はプラス0.59%だった。2014(平成26)年と2019(令和元)年の消費税増税が消費の低迷を継続させた。安倍首相は経済成長の年率2%を目標に掲げたが、2012(平成24)年度のGDPが517兆円だったのに対し、2021(令和3)年度のGDPは540兆円にとどまり、10年間の平均実質経済成長率は0.5%だった(『朝日新聞』2023年4月8日「異次元緩和10年光と影」)。

 結局、アベノミクスは政府の成長戦略や企業の技術革新・設備投資と賃上げによる消費拡大が不十分だった。その間に、政府の国債発行残高は991兆円に達して財政再建は棚上げされ、日銀が買いつづけた国債は580兆円に達して(『朝日新聞』2023年3月20日「日銀10年の宴後始末へ」)、日銀が国家財政を下支えする状況から抜け出すことが困難になった。むしろ、金融緩和は市場の機能をゆがめ、国の財政規律をゆるめ、円安・株高・低賃金による安易な企業収益は企業の技術革新と生産性の向上を遅らせた(古賀茂明(2023)『分断と凋落の日本』講談社)(『朝日新聞』2023年1月20日「アベノミクス経た10年」)。